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「ワイマール憲法」とヒトラー、「日本国憲法」と小泉-⑪

<10>穏健社会主義の敗北

前回のカップ一揆で、内閣がヘルマン・ミュラーに替わった。

それから3ヵ月後の6月、ワイマール憲法施行後初の国民議会選挙が行われた。

結果は以下の通り。

 社会民主党    163→102 (-61)      (与党)

 独立社会民主党  22→ 84 (+62)

 国家人民党     42→ 71 (+49)

 人民党        21→ 65 (+44)

 中央党        91→ 64 (-27) (与党)

 民主党        75→ 39 (-36)

 共産党             4

 バイエルン人民党      21 (中央党から分派)

カップ一揆の処理の不手際からか、まず与党両党が揃って大きく議席を減らした。

一方で、急進社会主義の独立社会民主党や、

国粋主義政党の国家人民党や人民党が躍進した。

この点から見ても、既にドイツ国民が迂遠な議会制民主主義に

限界を感じたような票の動きが見て取れる。

以降も、選挙の結果は何度か書くことになるが、だんだんと民主主義的ではない政党が

台頭してくることがわかっていただけることと思う。

日本は、実は真の意味で独裁体制になったことがない。

どんな時代でもだいたい上位の数名が合議して事に当ってきた。

戦後においても、自民党の1党支配が続いたとはいっても、

各派閥が絶妙のパワーゲームを繰り広げて誰かに偏ると言うことはそれほどなかった。

しかし、小泉はその最後のの天秤である派閥さえ解体して、

事実上総裁による独裁体制を構築してしまった。

日本は、この体制と、いったいどのようにして向かい合っていくのだろうか。

話をドイツに戻す。

第1党を維持したとはいえ、議席を2/3に減らした社会民主党は、

ひとまず元は同じ一つの政党だった独立社会民主党に連立を持ちかけたが、

革命直後に煮え湯を呑まされている独立党はそれを拒否。

今まで通りの中央党との連立だけでは政権を維持できない社会民主党は、

ついに政権与党から身を引くこととなる。

対する中央党は政権与党にこだわり、 以前ともに連立を組んだ民主党と、

今回躍進した国家人民党に働きかけてようやく連立政権を樹立。

首相には中央党のフェーレンバッハが就任した。

しかし、総議席数は174/450という少数与党である。

とはいえ、共和制になって始めてブルジョワ政党によって政権が占められることになり、

西欧各国は、ひとまず社会主義の西進が止まったことを喜んだであろう。

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