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「ワイマール憲法」とヒトラー、「日本国憲法」と小泉-⑭

<13>つかの間の平和

ヒトラー率いるナチ党意外にも、中央政府は多くの悩みを抱えていた。

そのうちの一つは、インフレは収まることを知らなかった。

そこで政府は新通貨「レンテンマルク」を発行する(1923年11月)。

これはいわゆるデノミネーションで、旧マルクとの交換レートは

1:1,000,000,000,000で通貨発行額なども制限されていた。

これによってインフレはついに沈静化し、

翌年発行されるライヒスマルクへさらにその任は引き継がれた。

また、インフレの直接原因であった賠償金問題にもメスが入れられた。

賠償専門委員会のドーズは、ドイツの国情を考慮して

年間支払額の減額やアメリカからの資金供与を盛り込んだ「ドーズ案」を提示。

議会の賛成を通じて1924年8月16日発効された。

その年の12月に国民議会選挙が行われた。

結果は以下の通り。(比較は1924年5月の議席とのもの)

社会民主党    100→131

中央党        65→ 69

民主党        28→ 32

国家人民党     95→103

ドイツ人民党     45→ 51

共産党        62→ 45

バイエルン人民党  16→ 19

農業者同盟      10→  8

経済党         10→ 17

民族主義者          14

ナチス党        32→ 14

ナチスは、ヒトラーのという強い求心力を失って議席を少なくしている。

一方で、インフレ問題が片付いたせいか共産党が大きく議席を減らしている。

大きく動いたのは社会民主党で、やや議会内での立場が良くなった。

しかし、経済の安定化を受けてブルジョワ政党による内閣

(具体的には中央、ドイツ人民、民主、国家人民の4党連立)

が組閣された(計255議席、占有率50.7%)。

また、この内閣でナチスはついに閣僚を一人送り出した。

さらに、1926年には国際連盟への加盟も果たし国際社会の一員として復帰を遂げた。

世界は、初めて体験した国民戦争「第1次世界大戦」の傷から癒えようとしていた・・・。

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