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「ワイマール憲法」とヒトラー、「日本国憲法」と小泉-⑱

<17>ナチス躍進と自民党躍進

1930年の国民議会選挙において、ヒトラー率いるナチス党は復活を果たした。

1928年の選挙ではわずか12人の党がこのとき一気に107人を送り出したのである。

躍進の理由は、まずナチスが布教によって煽りを食らった

大量の失業者の受け皿たりえたことである。

ヒトラーは得意の弁舌によって、この不況を世界恐慌に求めるのではなく

あくまでも政府の失策に求め、具体的には政府が取り結んだ

ヤング案によるものであるとした。

民衆にとってこのことはわかりやすく受け入れやすかったのである。

この点こそ、まさに小泉がこのたびとった戦術と全く同じであり、

このときに採った民衆の態度もさほど変わるものではなかった。

彼ら、すなわち当時のドイツ国民も現在の日本国民も、

ヒトラーの、そして小泉の言を信じた、いや信じたかったのだ。

つまり、彼らの甘言を妄信したのだ。

また、ヒトラーは農民層に強い地盤を持っていた。

農村に対しては現政府も大規模な救済政策を採っていたが、

それがまだ効果を現す前であったために政府側に利さなかったのである。

さらに、インフレがもたらした中産階級の分解がナチスに利した。

彼らは、戦前の明るい生活と戦後の暗い生活を比較して、

今の政府に頼っていたのでは到底過去の安楽な生活は得られることは無く、

それならばと急進的に自分たちを導いてくれるであろうナチスに賭けたのだ。

これもまた、現在日本が置かれている日本の状況に近いものがある。

過去、日本にはバブルと呼ばれる時代があった。

その甘い蜜を吸うほどではないにしろ、

あの明るい時代を忘れられない人々は少なくなかろう。

それに比べて、今は国がいくら「景気は回復局面にある」とは言っても、

その実感に乏しいのが現実であるという決して明るい時代とは言えない状況である。

しかし当時のドイツとの違いは、ナチスのような受け皿を

日本の政党政治が持ち得なかった点である。

よって、票は改革を唱える小泉に流れた。

しかし、この票はあくまでも小泉に流れたものであって、

自民党に流れたものではないと言うことを

自民党は、いやポスト小泉と呼ばれる人々は肝に銘じておかなくてはならないだろう。

この話は、もう少し続く。

次回は、ワイマール憲法が持つ致命的な問題の一つ、選挙制度について考察する。

                                          (続く)

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