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「ワイマール憲法」とヒトラー、「日本国憲法」と小泉-(21)

<20>ナチスと軍事力の結びつき

ナチスといえば、SS(親衛隊)であろう。

ナチスには、もともとSA(突撃隊)という私兵集団を持っていたが、

SSはヒトラーがSAの中から自分のまさに「親衛隊」とするために

さらに選抜された組織である。

1925年に結成された当初は200人そこそこのであったものが、

1929年にヒムラーがその指導者となると突如拡大路線をとり、

1932年末には52000人まで膨れ上がる。

当時、ドイツはヴェルサイユ条約によって

その陸軍兵力を10万人以下に制限されていたことを考えると、

この数はまさに驚異的であった。

しかも、ヒトラーは得意の演説で国防軍に向けて公然と国防軍将校への批判を行い、

一方で青年将校に対しては右派すなわちナチスこそが正義であることを主張した。

また、こういった軍事力以外でもナチスは数による暴力を用いていた。

例えば、1930年10月のナチスが第2党に躍進した直後に召集された

国民議会において、議場外ではナチス党員が公然と集会を行い、

議場内には禁止されていた統一の制服姿(このときはSAのもの)で議員が入場してきた。

ナチスは、共産党を敵視しており、このときの国民議会では

恫喝的に「マルクス主義者」であるレーベ議長を追い落とそうとしたが、

結果としては失敗した。

とはいえ、こういった動きの一つ一つが他の党や諸外国を

恐怖によって次第に蝕んでいくこととなる。

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