« 市電に乗って立待岬へ… | トップページ | 年間回収率75%を挟む戦いに… 「新・中央競馬予想戦記」 2008-05-31 »

立待岬から山道をハイキングゥ~

さてさて。まだまだ続く歩き旅。
今回は、ようやく立待岬に到着。そこからまだまだ…。
まぁ、とにかく歩くわけですよぉ…。

5/16 10:15
Imgp0127「立待岬」着。
軽くいわれに触れておくと、
太平洋戦争当時函館山一帯は、
「要塞地帯法」とかいう法律によって、
市民は立ち入りを禁じられていたそうだ。
今でも山のところどころに、
当時の塹壕跡があるそうなんですが…。


Imgp0123立待岬から函館市外方向を。
本当なら松前方面や、
うまく行けば青森も見える場所なのに、
低層の雲が多く、撮れたのはこっちだけ…。

ここから山道を通って、箱館戦争で散った
旧幕府軍兵士の慰霊碑「碧血碑」へと…。

Imgp0135この辺りは、
北海道では珍しいスギ林のあるところ。
こうやってまっすぐに天を衝く樹木は、
札幌ではなかなか見られないので、
このように撮ってみたわけですが…。





Imgp0132途中の木の切れ間から電停谷地頭方向を撮影。
「谷地頭」という名前のせいか知りませんが、
電停が谷の底にあたる部分となる。







5/16 10:50
Imgp0140「碧血碑」着。
途中の看板によると、
土方歳三はじめ約800人の
旧幕府軍兵士が祀られているそうです。

景色を楽しみながらとはいえ、
意外と時間、かかってます…。


Imgp0139「碧血碑」のいわれ。
官軍の戦死者のためには
護国神社があるけど…。
やはり、こういう山中に建てられているのは、
            理由があったんですねぇ…。

Imgp0138ちょっと見づらいが、
「碧血碑」を建てた「柳川熊吉翁の碑」。
こういう、『義』を知る者無しには
「碧血碑」は経たなかったろうし、
柳川翁を断罪しなかった
新政府軍の田島圭蔵氏にも、
その思いは通じたのだろう。

5/16 11:00
Imgp0145「函館八幡宮」着。
函館にはいくつも神社はあるが、
実はけっこうあちこちに移転している
神社が多い。ここもそのひとつ。






Imgp0143「函館八幡宮」本殿。
大正7(1918)年完成のこの本殿は、
「聖帝造り」という鎌倉時代の形式を
ベースにしているらしいです…。

Imgp0146「函館八幡宮」標識の側面。
写真では読みづらいが、
「元帥 海軍大将 伯爵 東郷平八郎 謹言」とある。
この辺りを見ても、旧帝国海軍にとって
函館が要所であったことが見て取れるだろう。
 
 
 
 
 
立待岬周辺はこれで終わり。
そろそろ昼時でもあり、
午後からはいよいよ「元町」地区に乗り込みます。
とりあえず電停「谷地頭」から市電に乗って移動…。

(続く)

« 市電に乗って立待岬へ… | トップページ | 年間回収率75%を挟む戦いに… 「新・中央競馬予想戦記」 2008-05-31 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/134965/41370208

この記事へのトラックバック一覧です: 立待岬から山道をハイキングゥ~:

« 市電に乗って立待岬へ… | トップページ | 年間回収率75%を挟む戦いに… 「新・中央競馬予想戦記」 2008-05-31 »

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ