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同質性と異質性が同居する国、日本 日本人の自然観(昭和10年10月 『東洋思潮』より)-⑤

~結語~
①日本の自然界が空間的にも時間的にも複雑多様であり、
 それが住民に無限の恩恵を授けると同時に、また不可抗な威力をもって彼らを支配
②結果、彼らはこの自然に服従することによってその恩恵を
 充分に享楽することを学んできた
③この特別な対自然の態度が日本人がの物質的ならびに精神的生活の各方面に
 特殊な影響を及ぼした
④その影響が日本に及ぼした短所
・自然科学の発達に不利
・芸術の使命の幅員を制限した
⑤自然も変わり人間も昔の人間も違ったものになった
(例)
・交通機関の進歩によって鎖国を破り日本と世界の他の部分と接触するようになった
→問題の日本人の自然観にもそれに相当して何らかの変化をきたさなければならない
→この新しい日本人が新しい自然に順応するまでには、
 これから先相当に長い年月の修練が必要
→多くの失敗と過誤の苦い経験を重ねなければならない
⑥日本人はやはり日本人であり、日本の自然はほとんど昔のままの日本の自然
→科学の力をもってしても、日本人の人種的特質を改造し、
 日本全体の風土を自由に支配することは不可能
→にもかかわらずその道理がしばしば忘れられ、西洋人の衣食住を模し、
 西洋人の思想を継承しただけで、日本人の解剖学的特異性が一変し、
 日本の気候風土までも入れ代わると思うのは粗忽(=軽率)
⑦日本のあらゆる特異性を認識して、それを生かしつつ、
 周囲の環境に適応させることが日本人の使命であり、存在理由であり、
 世界人類の健全な進歩への寄与
→世界から桜の花が消えてしまえば、世界はそれだけさびしくなる
※①~④までは、おおむねここまでのまとめ。
 ⑤、⑥は、開国から50~60年を経た日本のありようの変化を、
 寺田なりに感じ取った上で、戦争に没頭していく日本に
 やんわりと警鐘を鳴らしていると思われる。
 ⑦は、締めにふさわしく深い話。
 この辺りの私見など含めて、
 次回は「寺田寅彦で読む 『地震と日本人』」第1期最終回をお送りいたします。

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