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「寺田寅彦で読む 『地震と日本人』」 第1期最終回

「第1期最終回」と銘打ってることからもわかるように、
このシリーズ自体を終わらせるつもりはありません。
ただ、ダラダラやってても仕方ないので、ひとまず区切りをつけるだけです。
そもそも、寺田寅彦みたいな多才な人、ほっとく方が間違いです。
こんな素敵な年のとり方を、ワシもしてみたいです。
前置きが長くなりましたが、ココまででワシが得たことやら感想やらを、
「第1期最終回」として列記したく思います。

①進歩なんてなかった
『孫子』を読み進めていた時の感じたことだが、
昔の人間の書き残したことが現代でも色褪せることなく、
現代人の心に響くということは、
実は未来を生きる我々にとって恥ずかしいことなのではないかと、よく思うんです。
寺田は、いくつかの作品で「人は忘れるものである」というようなことを書いている。
だからこそ書があって、人の心に響き続ける限りその言葉は生き残って行くわけだが…。
しかし中国思想には、「郢書燕説」(韓非子、注1)や、
「君の読む所は古人の糟魄のみなるかな」(荘子、注2
のように書を軽んじる、あるいは書を超えよという考え方もある。
彼らの言うように、書というハードウェアに頼るのは良くないのかも知れない。
しかし、人間は忘れるという宿命を持っているから、
結局書に頼ってしまうのではなかろうか。
それに、覚えた気になっているのも良くないのだと思う。
覚えるだけではなく、道具として使いこなせるように
しておくことが、本当に必要なことなのだと思う。
その段階を経なければ、今後も人間に本当の「進歩」は訪れないのではなかろうか。
(注1)郢書燕説=こじつけてもっともらしく説明すること。
【故事】 「郢」は中国の春秋戦国時代の楚の国の都。
「燕」は現在の北京付近にあった国の名前。
「郢」の人が、燕の大臣に手紙を書いたとき、
部屋が暗いので「燭をあげよ」と言いながら、うっかりそれを手紙に書いてしまった。
それを受け取った燕の大臣は、それを「明るい人間(賢人)を登用せよ」と解釈して
王に進言し、その結果、国が良く治まったと言う故事による。
(注2)君の読む所は古人の糟魄のみなるかな
【故事】昔、輪扁という車大工がいた。
斉の桓公がしきりに書を読んでいるのを見て、公に問うた。
「お読みになっていらっしやるのは何の本ですか?」
桓公は答えた。
『聖人の書だ』
「聖人というのは今いる人でございますか?」
『いや、すでに亡くなったお人じゃ』
「それじゃ公のお読みになっていらっしやるのは古人の糟魄(かす)ってわけですね」
桓公は怒った。『おれが本を読んでいるのを車大工のお前が何を言うか。
何か言い分があるというならよし、でなければ死罪だぞ』
車大工はそこで言った。「いや私はただ私の経験から申しているのです。
車の輪をけずるのに、けずり方が少し多いと輪がゆるんでしまいますし、
けずり方が少ないとギシギシときしみます。
その加減というものは手がこれを覚えて、心にその呼吸を悟る外はありません。
口ではこれをいうことができませんが、
そこにおのずから自然の数(理)というものがあります。
私自身自分の子に伝授することが出来ず、子供もまた私から受け継ぐことが出来ません。
それで七十のこの年になってまだ車を作っているのです。
ですから古の聖人だといっても道は伝えることができずに死んだに違いありません。
それゆえ公のお読みになっているのは古人の糟魄ばかりだと申したわけでございます」

②真の防災とは…
災害は多かれ少なかれ全て人災であると、寺田は書いている。
文明が進めば進むほど災害の規模も大きくなるとも、寺田は書いている。
かといって我々は、先史時代のような生活には、今更戻れない。
つまり、災害をなくすことはできないのである。
地震を起こさないようにする。
台風を消す。
火山を噴火させないようにする。
こんなことは、どだい無理な相談なのである。
だから、真の防災とは「災害を起こさないようにすること」
ではなく、「災害を大災害にしないこと」なのだと思う。
全ての災害が人災であるとするならば、
逆に言えば災害の規模は人間の側でコントロールできる、
ということなのではないだろうか。
だとすれば、人間の平時の行動次第では災害の規模を最小限に抑え込むことだって
可能だということである。
それには、我々一般民衆が常日頃怠りなく備えることも必要だろうし、
行政の側も研鑽努力が必要なのだろうが…。

③『日本人の自然観』の結び
『日本のあらゆる特異性を認識してそれを生かしつつ
周囲の環境に適応させることが日本人の使命であり
存在理由でありまた世界人類の健全な進歩への
寄与であろうと思うものである。
世界から桜の花が消えてしまえば世界はやはりそれだけさびしくなるのである。』
この言葉は、『日本人と自然観』を読んで始めて触れたが、
非常に意味深長であると私は思った。
日本人は、微細な差異にも心動かし、
それぞれに美しいな名前を与える、特異な民族である。
現代にの若者ファッションなどの中にもそれを垣間見ることはできるが、
残念ながら彼らにはそれらに新しい名前を与えるセンスがないためか、
全て「カワイイ」で片付けてしまっている。
それはそれで残念なことである。
寺田は、日本人のその微細な違いを認めるセンスに着目し、
それを活かすことが日本人の存在意義であり、
世界のためにもなると考えていた。
SMAPの『世界に一つだけの花』などは、まさにその発露と言えるわけだが、
残念ながらアレを世界に発信しようという動きはまだ無い。

翻って現代日本はどうだろうか。
地震の後に、「助け合い」の美名の下裏腹に起こった「自粛」、「ガマン」の強要。
「不謹慎」なるものの排除。
これらの同調圧力自体は、「村八分」という言葉の
できた頃から各地の集落に存在する。
問題は、「日本村」化して同調圧力が日本全体を支配してしまったことにある。
その原因はどうも太平洋戦争にあるらしく、
よく考えたら「一億総火の玉」とか「ぜいたくは敵だ」とか言ってましたものねぇ。
そのおかげで日本は奇跡の復興を果たしたという人もいますし、
私もそれ自体否定するつもりはありません。
では、我々は小さな違いを認め、むしろそれを愛で、
活かす心をどこかに置いてきてしまったんでしょうか。
上記の例からみても、そうではないでしょう。
オリンピックの時、我々に日本人は外国選手の素晴らしい技量に、
惜しみない賞賛を与えます。
そういうことを、無邪気に行えるのです。
「日本国憲法」の前文などを読むと、
そういう日本人の心が反映されているように思われます。
「違う」ということを恐れない、そういう日本人に、私はなりたく思います。

第2期は近々始めたく思います。
取り上げるのは、いままでの中で省略されていた『神話と地球物理学』や、
よそさんのブログなどで取り上げられていたものの中から、
いくつかピックアップしてお送りいたしたく思います。
もっとも、ワシがそれぞれの随筆を読んだ感想や注釈をさらすだけの、
簡単な作業なんですが…。
あと、もしこれを読んで少しでも気になってくださった方がおられましたら、
ぜひとも原文を読んでみることをお勧めいたします。
このブログではあくまで要約(といっても、ただ文章削ってるだけですが)なので、
できましたら寺田寅彦の息吹を、原文から感じ取ってもらえるとありがたく存じます。

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