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どうして人間って法則性が好きなんだろう? 時事雑感(昭和6年1月 『中央公論』より)-②

今回は、「あるあるネタ」みたいなお話です。
でも、寺田先生の懐の深さというか、
先生の知的好奇心の豊富さには本当に驚かされる、
っていう内容です。

(2)金曜日
・時の総理大臣、浜口雄幸が乱暴な若者に狙撃された=1930(昭和5)年11月14日
・前にある首相(原敬)が同じ駅(東京駅)で刺された=1921(大正10)年11月4日
・さらにそれ以前に某が殺された
この3件の共通点=これらが金曜日に起きた、ということ
こういう話が巷間でもてはやされたが、
実際そう言われたら誰でもちょっとは不思議な気がしないわけにはいかない
(分析)
・ある特定の事柄が3回相互に無関係に起こる
・おのおのが7つの曜日のいずれに起こる確率が均等
→以上の仮定のもとで3回続けて金曜日に起こる確率は…
   7の3乗分の1=1/343
→しかしこれは、木曜が3度来る確率や任意の他の組合せ(例:木金土)などととも同じ
→しかし、「木金土」という組み合わせで起こっても誰も不思議に思わないのに、
 なぜ同じ珍しさの「金金金」を不思議がるのか
→同じ曜日が続く確率=7/343  それ以外=336/343
→種別比で言えば、『1:48』
→人々の不思議はこの対比から来ることは明らか
→「3つ同じ」という場合だけを特に取り出して一方を祭り上げ、
 「同じでない」というのを十把一絡げに安く踏んで同じところに押し込むこと
=抽象的な立場からは無意味だが、
 人間的な立場からはいろいろと深い意味があるように思われる
→これを少し突っ込んで考えてみると、ずいぶん重大な問題に触れて来るのでは?
→今回はそんなに深い話をするのでは無く、
 例えば今回と類似の事件が金曜日以外に起きていても、
 人々ははじめから捨ててしまって問題にしない、ということが、
 科学者の目で見た時に少しおかしく思われる
→今回の場合は、偶然「ノトリアスに有名な(=悪名高い)金曜日」、
 耶蘇(=キリスト教徒)の金曜(注1)だったため、ことさらに曜日が問題となり、
 過去の総理大臣の場合を当たってみると、それがちょうどまた金曜だった。
→そうして過去の中からもうひとつの金曜日が拾い出されたというのが、
 実際の過程だろう
(注1)耶蘇の金曜日が悪名高い理由
 ・キリストの死
 ・アダムが生まれた
 ・アダムが禁断の実を食べた
 ・アダムが死んだ
  →これらが全て金曜日に起こったため、キリスト教では金曜日が
   ことさら忌み嫌われているらしい

※こういう、デジタルには割り切れない話ってよくありますよね。
 そういうのが積もり積もっていくと、「ゲン担ぎ」とか「ジンクス」とかになるんでしょうけど。
 あと、キリスト教の金曜日って、調べると結構いろいろな意味があったんですね。
 ちょっと驚きでした。

別の「金曜日」の話
寺田は過去何十年の間、ほとんど毎週のように金曜日には、深川の某研究所(注2)
通っていた
 (注2)寺田の所属していた深川の研究所には、水産講習所と航空研究所
     (ともに深川町越中島)があるが、後述の移転という記述から、
     航空研究所のことと推測される

→電車に乗ってる時間も長いが、駅から研究所までが遠く、道も悪い
→特に雨の降る日などは、この金曜日がいっそう苦になる
→妙なことに、金曜に雨の降りまわりが来ると、毎週のように雨が降る
=前日まではいい天気だと思っていても、金曜の朝にはもう降っているか、
 さもなくば行きは晴れていても、帰りには雨になる
→逆に晴れの巡り合わせになり出すと、それがまた何週も続く
=もちろん、他の曜日の巡り合わせは度外視
→これも、自分が注目し期待する特定の場合の記憶だけが蓄積され、
 これに当たらない場合は全部忘れられるか、
 あるいは採点を低くして値踏みされるせいかも…
→しかし必ずしもそういう心理的な事実のみではなく、
 実際に科学的な説明が幾分付け得るかも…
→気圧変化にしても、ほぼ一週間に近い周期あるいは擬似的周期が
 現れることはしばしばある
(例1)『三寒四温』(朝鮮の言葉)
    →これはまさに7日の周期を暗示
(例2)寺田が先年見た、東京における冬季の日々の気圧の曲線
    →著しい7日ぐらいの周期を見た
    →気圧についてはすでに専門家の真面目な研究もある
    →時々同じ週日に同じ天気が巡ってきても、それほど不思議ではない

深川の研究所(航空研究所)が(東京)市の西郊(上目黒駒場)に移転
→この新築へはじめて出かけた金曜日が雨
→それから4週間か5週間続けて金曜日は天気が悪かった
=「耶蘇の祟りがこんな所にまで…」と冗談を言ってみたりした
→天気のいい金曜の巡り合わせが数週間続く
→そんな美しい金曜の昼食時に濱口首相が襲われた話を聞き知った
→その後も好天の金曜日が続いている
→昼食後に研究所の屋上に上がって武蔵野の秋を眺めながら、
 「もう一度金曜日の不思議をよく考えて見なければ」と思う
※現代でも「週末になると、やたら雨降るよなぁ」なんてこと、ありますよね。
 期待を裏切られ続けたりすると、記憶に爪痕残したりするんだと思うんです。
 そう考えると、この辺の話って深めていけば脳科学の分野とも無関係で
 なくなってくるかもしれませんね。

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