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映画 『あしたが消える -どうして原発?-』(☆☆☆)

チェルノブイリ原発事故から3年後に作られた
ドキュメンタリー映画。
きっかけとなるのは、ある新聞投書である。
投書を送ったのは、原発建設や管理を請け負っていた会社の従業員の娘さん。
その従業員は、52歳で原因不明の骨ガンが原因で死んだ。
病院に運ばれた時には既に手遅れで、
原因不明のため効果的な投薬もままならないまま、
入院から4ヶ月で死んだという。
娘には、素朴にして当然の疑問が湧き上がった。
父の病気の原因は原発なのではないか、と…。

原発建設反対派と思しき団体が作ったものと見えるので、
ことさらに危険性を煽っているとも取れる。
しかし、現在福島第一原発で必死に働いている人たちの現状が
漏れ伝わってくるのを新聞等で見る限り、
今作の中で語られている問題点があまり解決されていないことは確かである。
完全防備のためとはいえ、熱と湿気のこもる防護服を着用しての作業。
それでいて決して好待遇とは言えない賃金。
そして、低賃金を埋め合わせるために行われている、
放射線測定器外しなどの危険な不正(これは作中のみだが)。
そして、労働料金を安く上げる一方で、
そのお金で学者や反対派住民などを黙らせていたのでは、
そう勘繰らせるような雑誌等の記事が散見するご時世である。

この当時から、我々一般市民は何も変わっていないと言える。
安全神話にどっぷり浸らされ、
それにたいした疑問も持たず、
ただただその利益を享受し続けていたわけである。

先日、積丹方面にドライブに行ったついでに泊村も見てきたが、
まぁ公共施設のきれいなこと。
いや、別にいやみとかで言ってるわけじゃないですよ。
泊村だって、1960年代までは石炭掘ってたんですし(これは行って初めて知った)。
閉山して村の財政が立ち行かなくなった弱みに付け込んだ、
なんていう言い方もあるみたいですが、
これを断ったら三笠とか赤平みたいに細々とやって行くか、
夕張とか芦別みたいに観光ビジネスに手を出してずっこけるかするわけで…。
最近は原子力村のあり方に関する本も出版されており、
我々も単なる受益者としてだけではなく、
原子力のリスクときちんと向き合う時がやってきたと言えるだろう。
建てるな、やめろ、というのは簡単である。
しかし、どこにでもそれにぶら下がって生きている人々がいることも忘れてはならない。
政治の側の施策、雇う側のモラルなど、
我々が真に問うべき課題は少なくないのである。

今作の最後に出る、チェルノブイリの場所に福島を重ねた日本地図はかなり衝撃的。
放射の拡散範囲に、日本のほとんどが覆い尽くされてしまっている。
あの一節だけでも、このドキュメンタリーを今見る価値があると見る。

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