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映画 『遺体 ~明日への十日間~』(☆☆☆)

仏教において、生そのものを「苦」であると規定したことは、
ワシも卓見だと思うし、
寺田寅彦もそういう考え方が、
日本人のメンタリティに合致したからこそ、
仏教が受け入れられたと説いている。
まして、向き合う方の人間も耐え難き別れなり
財産の喪失なりをしているわけだから、
相葉さん(西田敏行)みたいに「何とかしなければ」と思える人もいれば、
PTSD寸前みたいな人まで現れても当然だと思う。
そういう現実を見事に描き出しているという意味では、今作は評価できる。
また、震災から2年という節目を迎えるこの時期の上映というのも
タイムリー(悪く言えばあざとい)である。

では、当時から物事が劇的に進展したかと言えば、実際にはそうでもない。
それは、この地域が震災以前から少なからず問題を抱えていたからであり、
震災はそれをフレームアップさせたに過ぎない、と言えるからである。
逆に言えば、震災が無かったら東北は、
それら諸問題を内包したまま「緩やかな死」を迎えていた、とも考えられるのである。
そういう視点から言えば、
「震災からの復興」という対症療法的な手当てよりも、
「東北を生まれ変わらせる」ぐらいの
抜本的な方策が必要になってくるのではないだろうか。
ただ、当の東北人自体がそういう考え方に立てておらず、
今だ「遺体がどうたら」とか「TPPでどうたら」とか言っているありさまである。
今や、バイクや浮き桟橋までハワイやアメリカに漂着している。
これ以上の遺体捜索は、まったくの無意味とまでは言わないが、
遺体を捜すために日本海溝の底まで潜るわけにもいかないだろう。
「生かされた」と言うならば、
生かされた人間は屍を乗り越えて明日に進む、
そんな力強さが求められているように思われる。

もっとも、ワシは寺田寅彦的な考え方
(詳細は不謹慎なのでココでは書かないが)なので、
彼らの向き合っている苦境は半ば自業自得だとさえ思っている。
だから、被災地から人間が流出するのはある意味当然だとも思うし、
それこそ東北の「病状が急変」したぐらいの考え方である。
我々は、圧倒的な自然の力に対してまったくもって無力である。
だからこそ日本人は、古くからそれに備える知恵をつけてきたのである。
内部留保(≒ヘソクリ)自体は悪ではない。
たとえば今冬のような大雪害に備えるために、
国家なり自治体なり企業は内部留保をしてきたのだろう。
それを「予算は使い切らないと次の年減らす」だとか、
「デフレの元凶だから吐き出せ」とか言うのは、
ある意味間違っているのではないだろうか。
今冬の雪害や昨日の日光を中心とした直下型地震を見るまでもなく、
日本は災害多発国である。
にも拘らず、山のどてっぱらに平気で風穴を開け、
あまつさえ断層の真上に原子力発電所みたいな危険な建物を
平気でおっ建てるようなマネを戦後してきたのは、
ほかならぬ我々自身である。
情緒的に遺体と向き合うことをフレームアップするのも悪くないだろう。
しかし、生きることを許された我々は、
生死を分けたあの震災と向き合い、総括できているのだろうか。
未だにあの戦争を本当の意味で総括できていない我々が、である。

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