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映画 『利休にたずねよ』(☆☆☆☆)

『47RONIN』同様、切腹がクライマックスの映画。
過去にも千利休は映画化されているが、
過去作に関してはワシはよく知らないので、
ここで特には触れない。
利休の茶の原点を、おそらく帰納的に推論した作品
(原作未読なので、映画だけ観て推測してます)。

作中でも触れているように、
茶道と朝鮮半島は不可分の関係にある
(その辺りは『へうげもの』でも触れているが)。
しかるに、利休最初の茶がああいう形で点てられた、
というのはいかにも文学的というか、
まぁ「おもてなし」の原点としては、
ある意味ふさわしいエピソードではあるのだが…。
そこから利休(まだ宗易なのだが)は
美の探求者として精進して行くのだが、
それがいつの間にか美そのものの創造者、
というか美の権威そのものにってしまった。
それが、今作における利休の不幸の始まりのようではあるのだが…。
ただ、冒頭の利休の立ち居振る舞いは、
今風に言えばさりげなくサプライズを演出する、
おもてなしのスペシャリストというよりは、
エンターテナーに近い雰囲気である。
しかも、かなり鼻持ちならない感じの悪いヤツである。
そんな風であるからこそ、
大徳寺の住職に「利を休めよ」なんて
たしなめられてしまうんだろうけど…。
しかし、利休は単純に言えば流行を発信したに過ぎない。
利休に力を与えたのは、信長であり、
他ならぬ秀吉なのである。
特に、社会の最底辺出身である秀吉は、
権威を巧みに利用しなければ、
権力の中枢に食い込めなかったであろう男。
利休自身「茶器などただの土くれ」(もちろん作中でのセリフ)と
うそぶくように、
利休が値付けしなければそれこそただの茶碗なり茶入なんだけどね…。

史実における謎は、もちろん謎のまま
(木像事件とか、そもそもなぜ木像を作ったのかとか…)。
作者なりの解釈があっても良さそうなものではあるが
(特に木像を作った理由なんかは)、
まぁおそらくは無しの本筋と直接関係が無いから、
(少なくとも)映画ではカットなんだろうね。
ただ、三成との確執はそれなりに描かれている
(実際にあったかどうかはともかくとして)。
アレが事実なら、関ヶ原で西軍が勝ったとしても、
日本はやはりつまらん国になっていただろうなと思うが
(江戸幕府ほどつまらん(ほとんどが民製文化だからなぁ)時代も
無いと思うんだが)、
この国は「やせた土地」なので、
文化などにうつつを抜かしてる場合ではないという考え方は、
当時のお偉いさんの中には少なからずあったのかもしれないね。

映画としては☆3つの上ぐらいかな、とも思うが、
この映画なんとも日本人向けの良い仕上がり。
静かに鑑賞してると、衣擦れやら雨音、茶を点てる、いった微妙な音が、
実に心地いいのである。
もうBGMがいらないんじゃないかってぐらい心地いい。
侘びの境地(≒老子の言う「無為自然」)を、
ある意味体現してしまっている作品と言えるかも…。

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