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映画 『バックコーラスの歌姫〈ディーバ〉たち』(☆☆☆)

今年の映画初めはドキュメンタリーから。
今年もドキュメンタリーや
実話ベース系の映画が多くを占めそうな予感…。

今作で取り上げるのは、
日本ではあまり馴染みのない、
純然たるバックコーラスの方々。
日本でもニュアンス的にはバックコーラスの方はいるが
(クールファイブとかブルーコメッツとか)、
彼らは本質的にはバックバンドであって、
コーラス部分はオマケに近い。
悪い言い方をすれば、バックコーラスは
「最も賢く、かつ意志を持った楽器」
と言えるのではないだろうか。
しかし、意志を持ち、
かつ素晴らしい音色を奏でる彼女たちは、
当然スターダムを目指す存在でもある。
中には、縁あってステージの中心に立てる者も現れる。
とはいえ、そこに居座り続けることこそが、
本当の戦いであり、
そこで戦い続ける覚悟と力が無ければ、
やがて日本で言えば「あの人は今」的なところまで
落ちぶれる(あるべき場所と言えるかもしれないが)。
または、競争を避けてバックコーラスに戻る者。
あるいは戦い続ける者。
そして、再び戦場に舞い戻る者。
そこには、A○Bのような作られた闘争ではなく、
本当のサバイバルがあるのである。

日米のショウビズ業界の違いというか、
素地の違いも今作には現れる。
バックコーラスの方々の多くが、
教会の賛美歌隊を通過している。
つまり、日常の中にコーラスが組み込まれているわけである。
また、大物ミュージシャンがバックコーラスを抱えることにより、
業界での経験を積み、かつ実力を養い、
その中からソロデビューを果たし、
いつしかその大物ミュージシャンと共演を果たす。
そして、大物ミュージシャンにとっては、
それが業界に対する恩返しというか、
業界を支えるサイクルの一つのようになっているようである。
アメリカのショウビズが廃れない要因は、
こういうところにあるのかもしれない。
とはいえ、そんなアメリカでも、
最近はバックコーラスの需要が減ってきている。
それは、日本でも散見する多重録音による
言わば「一人コーラス」である。
確かに、道具立ても便利になり、
そういうことも容易になってきたのかもしれないが、
彼女たちは優秀な楽器であるわけだから
(こういう割り切り方もどうかと思うんだが)、
使わないテはないと思うんだが…。

しかし、ソロデビューを人生の勝負所と捉えれば、
我々一般人にも通用する普遍的なテーマを
扱っている作品と見ることもできる。
現状に甘んじるのか。
それとも、退路を絶って希望と絶望の空へ旅立つのか。
夢を追う者、
諦めきれない者、
現実の中でもがく者。
そういう人たちにとっての指針になるかもしれない、
希望と絶望のドキュメンタリーである。

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