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映画 『ゼウスの法廷』(☆☆☆☆)

日本法曹界のの病理を鋭く抉らんとする意欲作。
袴田事件を扱った『BOX』でも、
法曹界にはびこる学閥主義などが扱われていたが、
今作ではもっと包括的に法曹界の論理そのものにメスを入れている。
厳密な縦社会や、
外界と遮断されているという現実、
さらには判例絶対主義や判事と検察の癒着に近い構造など、
すっかり官僚化している法曹界を描き出している。
(『ポチの告白』では、それすらも警察が牛耳っているとしているわけだが)。

物語の重大な契機となる事件の辺りで、
物語が2時間ドラマ臭を漂わせてくるが、
『密約』のレビュー時に書いているように、
1970年代の2時間ドラマには、
今作のようなかなり硬派な社会派ドラマが散見されていたことを考えると、
やはり今作は現在のテレビの2時間ドラマ枠でやるには、
少々重すぎるのかもしれない。
それは、作中でも描かれているように、
多くの大人たちが社会で脂っ気を抜かれまくっているせいとも言えるし、
それが晩婚化や少子化の遠因になっているとも言えるわけである。
判事だって人間である。
人生を左右しかねない案件を年300件も抱え、
多い時で日に8件もこなさなければならないのである。
そりゃ、判例に頼りたくもなるわけである。
それだけの多くの案件について、
1件1件熟慮していたのでは、時間も能力も精神力も足りるわけがないのである。
一方で、弁護士の供給過多や司法修習生のレベルダウンなど、
今作でも描かれることのない問題も少なくない。
その上裁判員制度の導入で、より簡明な裁判が求められてもいる。
医者が時として人の命を左右するように、
裁判所は人の人生を左右しかねない場所である。
それを、過去の判例に押しはめて「有罪」「有罪」では、
裁判所の権威はおろか法の権威すらも甚だ危うい。
日本の司法制度に一石を投じる、法廷ものの良作の一つと言えるだろう。
ただし、ラストカットはやや蛇足の感があるのだが…。

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