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映画 『映画 中村勘三郎』(☆☆☆)

中村勘三郎襲名からその死に至る約8年間のドキュメンタリー。
まぁ、勘九郎時代から有名人だったわけだから、
特段新しい映像なり何なりがあるわけではないんだが、
改めて惜しい人を亡くしたという思いの強い人物と言えるだろう。

8/28の2本目『マイ・リトル・ヒーロー』では、
韓国が朝鮮王朝22代正祖の物語を
国家プロジェクトでミュージカル化するという話が出てくる。
実際にそういう話があったかどうかは知らないが、
韓国という国はなんとなく国家プロジェクトが好きな印象を受ける。
対して日本は、良くも悪くも民間主導というか、
そういう意味では押し出しが弱いというか、奥ゆかしい国である。
その中で勘三郎は、ある意味歌舞伎を世界に売れる唯一の存在で
(本人は作中で「英語でやったら歌舞伎じゃないと言われる」と
自虐的に語っているが…)、
その意味では本当に「早過ぎる死」であったと言えよう。
今や、歌舞伎は大衆演劇とは呼べない
(鑑賞料金にしろ、マナーにしろ、小難しさにしろ)。
その中で勘三郎は、通常の劇場などにも積極的に参加し
(鑑賞料金だけはいかんともし難いが…)、
型の無い初期の歌舞伎への回帰も目指していたようである。
もともと歌舞伎は、お上から禁じられるほど、
今風に言えば「ロック」な存在で、
当然形式などというものは存在しなかった。
それが、歴史を重ねて行く中で型が生まれ、
それを名跡とともに継承していくことが使命のようになっていってしまった。
だからこそ、「大衆演劇」とは一線を画する存在になってしまったわけで、
もうそれは「ロック」でもないし、
語源ともなった「かぶき者」でもなくなってしまったわけである
(私生活で「かぶいてる」には何人かいるようだが…)。
勘三郎の死は、
歌舞伎の原点回帰を数年、いや数十年遅れたんではないだろうか。
その間に、本当に「伝統芸能」に成り下がらなければいいのだが…。

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