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映画 『ソウォン/願い』(☆☆☆☆)

少し前に観た『マルティニークからの祈り』で、
「日本では加害者の人権が過剰に守られている」ということを書いたが、
今作では被害者目線から、加害者の人権が守られている現実と、
被害者の人権に関する話を、韓国の実際の事例を元に映画化している。
内容だけなら日本では2時間ドラマか「黄色いシャツ着る番組」の
スペシャルドラマぐらいの、
要するに泣かせに行ってる作品なのだが(不覚にも涙腺が緩みそうになった)、
話が児童に対する性的暴行となると、そう簡単に扱える話題ではない。
そういう意味では、被害者家族が今作の映画化をよくも承諾したものだなと、
まず感心するわけである。

被害内容がそうなると、主人公のソウォン(イ・レ)はPTSDとなり、
男性に対する恐怖感がトラウマとして残ってしまう。
その対象は、もちろん父親に対しても同様で、
しかも母親が妊娠中ということもあり、
父親には親として夫として、経済的にも精神的にも大きな責任がのしかかってくる。
それでも、不器用ながら一生懸命な父親と、
最後まで実に健気なソウォンの距離は、
テレビのキャラクターを通じながらではあるが、徐々に近づいていく。
もちろん、同時進行で裁判も進んで行くが、
ソウォンに犯罪の様子をできれば思い出させたくないという思い(特に母親)
とは裏腹に、
「泥酔していて当時の記憶がない」とうそぶく加害者を追い詰めるために、
裁判所はソウォンを証人として召喚する。
結果は、加害者は再犯でありながら「泥酔状態」であったために
懲役12年という刑に収まってしてしまう。
この刑期を重いと見るか軽いと見るかはともかく
(作中では明らかに「軽い」と見られていたわけだが)、
それでもソウォンは何事か察したのか父親の足元にすがりつき、
「おうちに帰ろう」と言うのである
(このシーンで、涙腺全開させたいんだろうけど、ワシそこまで涙もろくないので…)。
絶対彼女が一番辛いはずなのにねぇ。

「罪を憎んで人を憎まず」(東洋にも西洋にも原典のある言葉)とは言うが、
罪の源泉はいつの世も人の心である。
そして、いつの世も人の欲と人の欲がぶつかり合う以上、
犯罪が無くなることはあるまい。
人が人を裁くという裁判のシステム、
量刑のシステムを一部の人間たちで決める「刑法」というシステム、
窮極的にはこれらのシステムが人々を
より良い方向に持っていくことは少ないだろうが、
それに向けた不断の努力がこれからも必要なことを、
今作と『マルティニークからの祈り』から思い知らされた。

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