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映画 『消えた画 クメール・ルージュの真実』(☆☆☆)

今作を観て、改めて共産主義がキライになりました。
彼らの欺瞞に満ちた平等主義と、
ただただ自分たちが新たなる既得権者になりたいだけな、
あの抑圧ぶりは、どうしても許せないのである。

フランス帰りのポル・ポトが、
ベトナム戦争の混乱に乗じてカンボジアを乗っ取ったことで
わずか数年ではあるがカンボジアに悲劇がもたらされたのである。
原始共産制とマルクス主義を融合させた「完全なる共産主義社会」を志向した、
と言えば聞こえはいいが、
科学を否定し、貨幣経済を否定し、私有財産も宗教も否定した。
代わりに与えたのが「農業」であり、
科学者や反対者は政治犯として強制労働にかりだして行った。
飢饉対策に「大躍進政策」にも劣らない乱開発を行い、
教育を施さない代わりに「プロパガンダ映画」という娯楽のみを与え、
民衆をマインド今とローするのである。
今作では、実際にその時期に子供時代を過ごした監督が、
記憶と残されたフィルムなどをもとに、
土人形を使った人形劇仕立てで映画化した作品である。
その素朴な画作りが、むしろ当時の世界観をよく表現しているように思われた。

しかし、上記の特徴を観ていると、やはり中国や北朝鮮と言った、
今も残る共産主義国との類似性を観てしまうのだが、
最近で言えば欧米の価値感すべてを否定する
「ボコ・ハラム」との類似性にも注目すべきだろう。
マララ・ユスフザイ(今年のノーベル平和賞受賞者)が、
「貧困と闘うための教育」を訴えるのに対し、
クメール・ルージュは「知恵こそ反乱の根源」トでも考えていたかのように、
知識人を目の敵にしていた。
そのさまは、あたかも刀一本で天下人にまでなり上がった豊臣秀吉の
「刀狩」をほうふつとさせるものであり、
実はキリスト教世界においても「旧約聖書」以来原罪とされているわけである。
教育の力は、今でも充分に通用する、誰でも持ちうる武器であるということが、
これらの事実からもわかることであろう。

しかるに日本である。
小中の義務教育は言うに及ばず、
高校も無償化されているこの国で、
「入れる人がいないから」という理由で、国政を白紙委任する者が、
100人のうち半数に迫る勢いなのである。
表現する手段も、教育すらも受けられない人々が、
この世界にはまだまだたくさんいるというのに、である。
「現状に特に不満が無いから」という人もいるようだが、
それならそれで堂々と投票して、
現状を信任すればいいのではないか。
我々は、土人形ではないのである。

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