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映画 『ブルー・リベンジ』(☆☆☆)

原題は「BLUE RUIN」、直訳すると「青い破滅」。
邦題の直訳「青の復讐」以上に救いようがない感が強く、
また観終わった感じはどちらかというと原題の方に近い。
ただし、「ブルー・ルーイン」というタイトルにしても、
多分通じないと思うので、致し方ない面はある
(要は、ちゃんと考えて邦題つければいいだけの話なんだが…)。
復讐というのは、基本的には美しいものではない。
理由は簡単で、復讐は連鎖するからである。
『忠臣蔵』は、結末として連鎖を断ち切っているという意味では確かに美しいのだが、
そのために復讐を遂げた人間ほぼ全員が死ぬという
(日本はそれすらも美化するからタチが悪いのだが)、
結局対して褒められたものではない結末を用意するのである。

閑話休題、本作である。
本作も言うなれば「復讐の流儀」みたいな話である。
クライマックスで、「オレ(主人公)は2人殺された。
そしてオレは2人殺した。この辺で終わりにしないか」というセリフが出てくる。
『ハムラビ法典』的な「目には目を、歯には歯を」的原則である。
しかし、当人間はそれで収まることでも、それが集団となると(今作では家族vs家族)、
そう簡単な話ではない。
主人公の姉は、復讐を成した後主人公に
「苦しめてから殺したんでしょうね?」と聞いてるし、
相手側は相手側でろくすっぽ武器もないのに
(実際には搦め手からもう一人主人公に近づけてるのだが)、
「そんな話には乗れない」と抗弁するのである。
コレだから復讐の連鎖が止まらないのだろう
(結局相手側はその搦め手の一人以外全滅するんだが…)。
こうであるがゆえに、曹操などは「三族皆殺し」みたいなことを言うわけだが、
それはやはり建設的な解決策ではないだろう。
ある意味で、主人公の言ってることは至極まっとうなわけで
(ただし、何をもって等価値とするかの問題は残るだろうが)、
それを聞けない狭量さが、例えばキリスト教vsイスラム教のような
関係を生む原因になってると言えるだろう。

復讐からは何も生まれない。
いや、大量の「復讐劇」を生んでいるか。
しかし、裏を返せば、そのたくさんの「復讐劇」から、
我々は何一つ学び取っていないということの証左かもしれない。

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