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映画 『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』(☆☆☆☆)

便利な時代になったもので、
今やハンズフリー通話などは特別な道具がなくても、
車に備え付けのオーディオ(もちろん全てではないが)と
スマホさえあれば簡単にできてしまう。
そして、電話でいろんなものを得たり失ったりするのも現代である
(卑近な例で言えば、株取引だろうが)。
今作は、全編一人の男(トム・ハーディ)と
電話の向こうの人物との会話によって進行する。
建築現場の監督であるその男は、
その日の仕事を終えると自家用車に乗って車をロンドンに走らせる。
出発地は明示されていないが、ロンドンまで高速道路で90分ほどの都市
(途中通過する街の名前からノーザンプトンあたりと推測される)から、
彼はある重要な用事のために車を走らせたのだ。
それは、自らの職務と家庭をなげうつほど、彼には大切な用事だったのだ。
彼の電話の相手は、職場の上司や同僚、
ロンドンにいる女性と、彼女がいる病院の医師や看護婦、
そして彼の家族。
彼は、一夜の過ちから女性を妊娠させ、
しかもその夜急遽出産することになったのだ
(2ヶ月早く破水したというから、相当な早産である)。
しかも、胎児の首にはへその緒が巻きついており、胎児は危険な状態である。
病院にいる彼女は、不安で不安でたまらないから
彼に何度も電話をかけてくる。
そのために彼は、翌朝の大事なコンクリート流し込みに立ち会えなくなってしまった
(50階建ビルの基礎工事なのだから、そりゃ大事だろう)。
彼は同僚に全てを託すべくあれこれ指図するが、
このことを聞きつけた上司に「無責任」ということで解雇を命じられる
(そりゃ、いくら同僚ったって一作業員の手に終える内容じゃなさそうだしね)。
しかもその日、彼は家族とサッカーの試合を一緒に家で見る約束もしていた。
奥さんまでユニフォームを着てるぐらいだから、
家族の大イベントになるに違いなかった。
そんなところに、ダンナから「オレ、浮気して妊娠させた」とか言われたら、
そりゃ奥さんショックだわなぁ
(そしてそこから1時間そこそこで「別れましょう。もう帰ってこないで」
まで行っちゃうのも欧米らしいわけだが…)。
しかし、彼にはここまで思い切った行動に出る理由があったのである。
彼と、彼の父(どうやら故人)との確執である。
家庭を顧みることのなかった彼の父。
そんな父親に対する反抗のつもりだったのだろう。
「自分の犯した過ちは、自分でケリをつける」とばかりに、である。

今作は、「高速道路」という一方通行の道が舞台であるとも言える
(最近の日本じゃ、必ずしも一方通行とは言えないようだが)。
彼は、高速道路に乗った時点である程度覚悟していたのではないだろうか。
もう、あの幸せな日々には戻れない。
でも、それは自らが犯した過ちゆえである。
道中、家庭に関してはやや楽観的な見通しを立てていたようであるが、
前述のように奥さんにあっさりハシゴを外されたので、
まだ望みは皆無ではないが(ラストの息子からの電話が切ない)、
よりを戻すことはまず無いだろう。
しかし、彼は全てを失ったわけではない。
ある意味では、新たなる旅立ちへの道とも言える。

実に挑戦的な内容で、よくもこれだけの話を
ワンシチュエーションにまとめたものであると、感心させられる。
正直、制作費もそんなにかからなさそうだし、
今後こういう映画が流行るかもしれない、と思わせるいいフォーマットである。
邦画の制作費のレベルは、少なくともアメリカ映画などから見れば、
ほぼ全作「低予算映画」と括られかねないレベルである。
だからこそ、こういう工夫を凝らした映画の登場こそ、
邦画復興の起爆剤になりそうなものなのだが、
今やテレビの世界ですら新しい脚本家が現れない「保守的」な時代である。
第一次安倍内閣で盛んに「再チャレンジ」と叫んでいた時代が懐かしい。
今や「チャレンジ」すら許されないのが、この国なのであるから。

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