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映画 『ふたつの名前を持つ少年』(☆☆☆☆)

同じ「文部科学省選定」の作品でも、
『ソ満国境 15歳の夏』に比べて相当過酷でありながら暖かくもある。
『ソ満国境~』の中にある
「人は時として残酷だが、逆に例えようもなく暖かい」というのを、
今作の方がより強く感じられた。

とはいえ、今作ではその優しさの源泉である「宗教」の光と闇を
鮮烈に描き出してもいる。
まず、キリスト教である。
主人公が行き倒れた先のお母さんは、敬虔なキリスト教徒で、
主人公の身の上には一切触れず(まぁ、状況で察しはついてるようだが)、
彼を匿い、逃げるときにも十字架を渡し、
逃走する上でのあれこれを丁寧に手ほどきした上に、
「どうしても行く場所がなくなったらまた戻っておいで」とまで言うのだ
(後に彼が戻ったことにより、大変なことになるのだが、
その時の応対も実に素晴らしい)。
こういう人ばっかりだったら、きっと世界は平和なんだろうに…。
作中では、キリスト教に対し相当好意的に描かれており、
正直ラストで主人公は改宗するのか、とまで思いましたが…。

そこで、主人公がもともと属する「ユダヤ」というものである。
基本、ヨーロッパでは良く見られていない。
当時露骨に差別していたドイツだけでなく、
主な舞台となるポーランドの人々にしたところで、
宗教的対立があるためか主人公の優しさに対し懐疑的な対応をする。
それは、キリスト教成立に関するあれやこれやが大きく影響してるのだろうが、
クライマックスで主人公も「ユダヤ人だから腕を失った」と言っているように、
少なくとも当時のヨーロッパにおいてユダヤ人であることは
決して得なことではなかった。
それでも、父から「父母のことは忘れてもユダヤ人であることを忘れるな」
と教えられるほど彼らユダヤ人はユダヤ人であることを誇りに思っているのだ
(その辺りは、ユダヤ人の持つ選民思想の影響もあるのだろうが)。
そう、道徳とはそもそも父母から教わるものなのである。
ただ、その誇りが彼らユダヤ人をヨーロッパで孤立させる
一つの原因であるとも言えるし、
キリスト教にしてもユダヤ人に対していまだに複雑な感情を抱いてる人々は少なくない。
宗教は博愛の象徴であり、同時に争いの種でもあるわけで、
宗教にあまり頓着しない我々日本人は、むしろその辺を理解した上で、
両者の橋渡し役を果たしうるわけで、
そういう意味ではアメリカ追従を鮮明にしてる現状は
もしかするとあまり良い立ち位置ではないのかもしれない。

そして、両者に共通する道徳として「生きろ」というメッセージは非常に力強い。
父は未来を担う子どもを逃がすために自ら犠牲になる一方、
「ユダヤ人としての名前を捨て、父母のことを忘れても生き残るために逃げろ」
と別れ際に強く言うのである。
『大脱走』などにしても、欧米は兵隊だけでなく子供に至るまで、
「生き延びる」ことに大きな価値を置いている。
国をして「死ね」と教えてきたこの国は、
まだそこから抜け出しきれてないように思われるのだ。
簡単に「死ぬ気で」なんて言葉を使ってる人が周りにいないだろうか。
軽々しく生き死にを語って欲しくないものである
(今作を観ても、そんなヤカラは「死ぬ気で生きるんだ」とか言うんだろうなぁ)。

最後に、当の本人が子や孫とともに登場する。
この光景こそが「生きてこそ得ることのできる栄光」そのものだろう
(これを言った主は、暗に「まだ死ぬのは早い」ぐらいの意味で言ってるのだが)。
生きとし生けるものならば、血を紡ぐことこそ大きな勤めと言えるだろう
(結婚もしてないワシがよく言うよ、なわけだが…)。

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