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映画 『禁じられた歌声』(☆☆☆)

世界中を一様な統治方法で染め上げることは、実質不可能であることを
「アラブの春」が改めて証明してしまった。
統治するには、やはり相当の覚悟が必要だということだろう。
では、「イスラム国」を僭称するジハーディストたちが、
「アラブの春」に替わる「覚悟ある統治機構」なのかというと、
やはり今作を観ると「さにあらず」という結論に至ってしまう。
イスラム法の中には、砂漠などの過酷な環境の中で生きる上で必要なものも
確かに存在する、あるいは存在したのだろう
(例えばアルコール禁止などは、貴重な水を通常以上に
消費せざるをえなくなるわけだから、規制する上では効果的だったことだろう)。
しかし、昔の日本のように島国でしかも外交関係を相当程度規制した状態ならともかく、
陸続きで、しかも以前からヨーロッパと繋がりがあった北アフリカなどでは、
イスラム法に反する思想や嗜好の流入を押しとどめることはできまい。
であるならば、イスラム法も相応の変容があってしかるべきと考えるのだが
(事実そのように変容させている国もある)、
彼らジハーディストは支配機構の強化のためなのか、
むしろ純化路線で今作に見られるような厳しい締め付けの方向に向かってしまっている
(一方で、ネットなどをうまく活用して構成員を増やしてるのだから、
そう遠からずそのあたりの矛盾を起因として瓦解する懸念もある)。
今作では、タイトルの通り「歌を歌うこと」を禁じられたり、
「集会の自由」を奪い、「私刑の禁止(コレは法治主義の観点から必要だろうが)」
を行い、異文化である「サッカー」なども禁止している。
つまり、非常に息苦しいわけである。
そもそも、もともと北アフリカなどに住んでいる人々は、
オオカミなどの群れのような生活を営んでいたように思われる。
つまり、村的な集まりの中で国家というものを意識せず
(あるいは村が国家的に機能していたというべきか)、
大それたことを考えずに暮らしてきたのではないだろうか。
そこに、例えば旧宗主国や、例えばジハーディストが、
「国家」的な概念を持ち込んだためにかえって歪んでしまったのではないだろうか。
彼らには天下国家を論ずる素地がそもそも無いのではないだろうか。
だからこそ、強引に締め付けたりする必要も出てくるし、
それに従わない(その必要を感じてないだけなんだろうが)者は
見せしめ的に処刑せざるをえないのだろう。

今作は、実話をベースにしつつ、少女を主人公にして
家族を中心にそういった北アフリカの暗部を描き出しているのだが、
論点がややブレてしまっていて、
全体的なまとまりを書く作品になってしまったのが残念ではある。
ストーリー展開もやや雑で、エンタテインメントとしてはやや力不足。
ドキュメンタリー的なノリで、北アフリカの現状を知るための作品と
割り切って観るのが、ワシにとっての正解のように思えた。

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