映画 「未来の食卓」

ドキュメンタリーゆえに抑揚のない展開ではあるが、
日本にとって示唆に富んだ内容。
地方行政における元首の裁量の範囲。
日本で挫折した「総合教育」の在り方。
食育の方法論。
国家としての農業政策の在り方。
今やUNESCOですら問題にしている「食の安全」問題。
日本でもその取り組みは行われているところもあるが、
やはり国家の農業に対する補助金の使い方に、
問題解決のキーがあるようだ。
日本の農林水産省が自給率のことをことさら問題視するのは、
あくまでもカネを引っ張ってくるため。
「食の安全」のことなんかマジメに考えてるんだろうか。

食料自給率で言えば高い部類に入るフランスでも、
いやそうであるが故なのか、農薬問題は深刻なようだ。
自給率は大事だ。
地産地消はもっと大事だ。
輸送するたびに空気を汚してる。
輸送中の腐食を防止するために大量の農薬や保存料が使われる。
少なくとも体にいいことなんてひとつもない。
これを観たら、食生活に対する関心はもちろん、
農業に対する考え方も少しは変わるかも。

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映画 「風が強く吹いている」

ベタまたベタの連続ではありますが、
不覚にも涙腺が少し緩んでしまいました。
テレビでしか観たことないけど、
『クールランニング』を観た時のような、
清々しい感動を得ることができました。
実際の箱根駅伝はライヴですから、
いちいちこんなセンチメンタリズムに浸っていられませんし、
だいたい展開が緩慢で飽きてしまいます。
そういう意味で言えば、
駅伝のすばらしさを凝縮した快作と言えるんじゃないでしょうか。

むしろ、日テレ辺りが主導権を握って作ってないという点が、
逆に腑に落ちない。
実際の過去の箱根駅伝のものと思われる映像や、
日テレのアナウンサーが出てるのに。
『カイジ』なんかより、こういう映画にカネ使えば、
企業イメージだって少しは上がるだろうに。

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映画 「母なる証明」

息子の無実を信じて事件の真相に迫る母親。
その先にある真実とは…。
とまぁ、これ以上書くとネタバレになるので止めますが、
良くも悪くも見事に期待を裏切ってくれる映画。
そして後味が悪い。結局謎が残ってしまうから。

とりあえず、邦題がおおげさだと思います。
普通にミステリー映画だと思って観た方が、
精神衛生上は良いと思います。
映画としてはこれで良いと思いますが、
期待して観に行くと多分相当モヤモヤすると思います。

人間、やっていいことと悪いことがあると思います。
ワシはこの親子のこと、許せません。
こういうのを「溺愛」って言うんだと思います。
こういう親になっちゃいけないと思います。

と、こう書いてるワシは、
本当の愛を知らないだけなんでしょうかねぇ…。

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映画 「正義のゆくえ」

移民が作った国アメリカ。
そのためもあって、今も移民は絶えないようだ。
正規ルートはもちろん、不正規なルートでも。
そんな移民達の交差点ロス・アンゼルスを舞台に、
移民管理局の仕事ぶりを追うのがこの作品。

ノリは、日本で言えば「はぐれ刑事純情派」みたいな感じ。
情に篤い捜査官マックス(ハリソン・フォード)と、
移民出身の部下が話の中心だが、
もちろんさまざまな移民たちが、
さまざまな事情を抱えて絡んでくる。
このままTVシリーズにしても良さそうな出来で、
人情大好きの日本でも案外流行るかも。

さすがに今作ほど極端ではないにしろ、
アメリカではこういったことはわりと日常的なのだろう。
陸地に国境線が引かれてるわけだし、
国境警備隊が国境を守ってもいる。
移民管理局が存在し、
アメリカでグリーンカード(永住許可証)が
一種のステータスになっている以上、
不法入国やカード偽造が商売になるのも仕方ないことだろう。
それでも人々がアメリカを目指す理由。
それは、ドライでも商取引的に移民を許可し、
国を強める努力を惜しまない国であると、
アメリカが世界に認知されているからだと思う。
損得でしかモノを量らないのかと言われるかもしれないが、
逆に言えば非常に明快な価値基準とも言える。

少子化が叫ばれる日本。
特にスポーツ界においては帰化は何例もあるし、
その一方で不法入国問題も確実に存在する。
それらに対して日本という国家は、
アメリカのような明快な答えを指し示すことができるのだろうか。
そういうことを考える上では、
入門編となりうる、以外と娯楽的な作品。

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映画 「コネクテッド」

今や世界中原作不足。
アメリカがアジアからせっせと作品を買いあさって、
しこしこリメイクしているご時世。
逆があったって良いじゃないか、
ってわけでアクションの本場香港が送り出したのが今作。
元の作品は「セルラー」ってタイトル。
アメリカ本国では2004年に公開されていることから、
携帯電話の進化と普及度を踏まえた修正が
加えられていると考えられる。
って言うのも、ワシ「セルラー」観たことないのよ。
だから、まっさらな気持ちで観たわけなんだけど、
こりゃなかなかの作品。
アクション+サスペンスという古典的なマッチングだが、
緊迫感や身体を張ったアクションシーンと、
けっこうアメリカの原作に香港の良い要素が絡み合っている。

万事丸く納まっちゃうっていう予定調和的なエンディングは、
いかにもアメリカ映画って感じはするけど、
最後のどんでん返しも悪くないし、
会員特典を使ってタダで観たっていうのを差し引いても、
充分視聴に堪えるアクション映画だと思う。

それぞれの国の映画の得意とする所を生かせば、
生き返る旧作はまだ多少あるんじゃなかろうか。
で、日本映画の得意な点てなんだろう?
やっぱホラー?
最近3D映画とか騒いでるから、以外とうまくいくかもね。

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映画 「沈まぬ太陽」

かつて、高度経済成長と呼ばれた時代があった。
かつて、「Japan as No.1」と呼ばれた時代があった。
それぞれ、オイルショックとバブル崩壊によって終焉を迎えたが、
それぞれの時代の本質はそう変わらない。
民衆がみな同じ方向を向き、
家族を、私生活を、身体を、精神を、犠牲にして、
世界に追いつけ、追い越せと、必死に背伸びして、
気がつけば爪先立ちになっていたのを、
足元をすくわれたのだ。
バブルの崩壊から始まる、いわゆる「失われた10年」という
今だ出口の見えない闇の中に日本はある。
この映画は、そんな時代を振り返るという意味でも
意義のある映画だと思う。
もちろん偶然か必然か、
非常にタイムリーな企業がモデルになっており、
そういう意味で必見とも言える映画なわけだが…。

あらかじめ休憩時間があるとアナウンスされているように、
時間的なヴォリュームは実質二本分。
それでも、おそらく文庫本五巻分のあらすじに
毛が生えたような印象。
薄っぺらいわけではないが、
少なくとも微に入り細を穿つというわけにはやはり行かないわけで…。

行天(三浦友和)は、先に書いた成長の時代を駆け抜けた
象徴のような存在として描かれている。
この国では、やはり悪魔に魂を売って悪いことしないと
偉くなれないらしい。
かといって、恩地(渡辺謙)のように我を通したが故に左遷されても、
「悪いことしたから左遷された」と陰口を叩かれる。
こうして会社に全てを捧げて仕えても、
社会は彼らに多くを与えようとはしない。
政治家も、結局自己都合でしか動かない。
潰しちゃならない会社だからといって
有為の人材を一本釣りしておいて、
自分に火の粉がかかりそうになったらそそくさと首を切る。
何という不条理。なんというワガママ。
日本再生を考える道しるべとなりうる一作。

長い映画はイヤだなと考えるか、
二部作にしなかったのは製作側の良心と考えるかは自由。
私は後者ですけどね。
「レッドクリフ」も、休憩ありの一本作りにしてくれたら、
もう少し評価の仕方が違ったんだけどねぇ…。

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映画 「パイレーツ・ロック」

これは、1960年代のイギリスでホントにあった、
馬鹿な大人のでっかい反乱。
もちろん映画だから脚色たっぷりなんだろうけど、
泥臭くもかび臭くもない、
ロックでキッチュな一作。

船上から繰り出される海賊放送のDJはどれもクセモノ揃いだし、
それを取り締まる政府側の人間も、
どういうわけだかクセモノ揃い。
母親(彼女もなかなかの食わせ者なのだが)に言われて
この船に乗り込んだカール(トム・スターリッジ)が、
まとも過ぎてそんなヤンチャな大人に振り回されるけど、
そんな中で大人の階段を上って行くっていうのも、良い要素。

音楽もさすがの選曲で、
「選曲してから出演者の名前決めたんじゃねぇの?」
って感じのノリ。
これは、貧弱なテレビのスピーカじゃダメだね。
DVDで観るにしても、
ゼヒ音響にはこだわってもらいたい。

ちょっとおバカだけど、
その分クスリとさせてくれることうけあい。

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映画 「孫文-100年先を見た男-」

辛亥革命を起こし、共和制の中華民国を建国した孫文が、
革命蜂起に失敗し続け、高額の懸賞首となり、
最後に逃げ込んだマレーシアでの様子を映画にしたもの。

単純な革命までの道程だけでは無く、
革命前夜までその隣に寄り添った
ツイフェンという女性の愛の葛藤、
マレーシア華僑のドンであり、
表の顔も裏の顔も持つ徐一族の話を絡めつつ、
話は進んで行く。

中国っていうのは、良くも悪くも民族としての意識が強い。
度重なる侵略や、
特に今作の場合華僑という
外国に飛び出して行った中国人を孫文は相手にしているため、
特に強く感じられるのかもしれない。
日本人のように、
小さな島国に小さくまとまっているような民族に、
このような強い愛国心などあるのだろうか、
と思わせる力強いメッセージを感じることができた。

ただし、それは最後だけ。
全体的に展開が緩慢で抑揚に乏しいため退屈。
労働争議とか徐一族の縁談に首を突っ込んだりするが、
あまりにもあっさり解決してしまうため、
あんまりアクセントになってない。

私としては、
むしろツイフェンの心のありようの方に面白みを感じた。
基本的には孫文に興味のある人向けの内容。

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映画 「さまよう刃」

いい原作があって、
それをいい脚本に仕上げて、
いい俳優が演じれば、いい作品になる。
内容はかなり重たいが、
今年の邦画ではトップクラスの作品。

『誰も守ってくれない』的な要素と、
『グラン・トリノ』的なラストを持ち、
『ポチの告白』や『笑う警官』(11月公開)と同様、
警察に対して批判的な内容。

初動が遅い。
ガキに振り回される。
揚句に容疑者を発砲、射殺。
映画で描かれる警察はおおむね間抜けだが、
ここまでいいとこなしの警察も珍しいんじゃないだろうか。
法やら内輪のことでがんじがらめになっていて、
世の中の流れやら犯罪の成り行きに全く追いついていない、
日本警察のダメなところがよく出ていると思う。

伊東四朗演じる真野刑事は、
良く言えば職人的だが、対応は官僚的で冷淡。
らしくないと言えばらしくないが、
見事に演じ切っている。
被害者の父親、長峰重樹役の寺尾聰は、
抑制が利いていて良かったように思われる。
ただ、織部刑事役の竹野内豊が、熱量不足。
原作でどう描かれているのかわからないが、
どうにも感情移入しにくいというか、
淡々と演っているように見えてしまった。

法で人を裁くのは難しい。
だからといって人任せにしたのでは、
無秩序な復讐を生むだけなんであって…。
まずは、クソガキにナメられない警察であり、
世の大人たち(自分も含めて)であってほしい。

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映画 「カイジ ~人生逆転ゲーム~」

マンガ原作の邦画はハズレが多いと思っていたけど、
これはかなりまともな方。
順序が入れ代わってたり、
カットされている点もあるが、
まぁ目をつぶれる程度。
大事な核の部分はしっかり残してあるのは好感が持てる。

ただ、時間の制約のせいで戦略性とか、
起伏の大きいストーリーを
多少スポイルせざるを得なくなっている点がやや残念だ。

原作を読んでいる人間でもそれなりに満足できる内容だと思えるし、
読んでいない人間には良くも悪くも刺激的な内容だと思う。
万人向けの内容ではないが、
観てソンはない映画だと思います。

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映画 「ワイルドスピードMAX」

良くも悪くも期待通り。
ま、B級アクションのシリーズものなんだから、
それでいいと思うんだけどね。

しょっぱなから、ヒトもクルマも走る疾る。
そのスピード感がこのシリーズのウリ。
よくわかってらっしゃる。

わし、このシリーズの『1』だけはあんまりよく知らないんだけど、
後半正直アクションアクションしすぎてて、
逆に普通のアクション映画っぽく感じたのは、
そのせいなんだろうか。

アクション映画が好きな人向け。
今回あんまりクルマをフィーチャーしてない感じっだったのは、
ワシ的にはザンネン。

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映画 「空気人形」

良い作品。だけど難しい、考えさせられる作品。
ワシもよそさんのレビューとかで少し予習して行ったから、
なんとかラストまで筋を通せたが、
初見だと相当な想像力を要するかもしれない。

しかし、ホントに『心』って何なんだろうか。
秀雄(板尾創路)が言うように「メンドくさいもの」かも知れない。
でも、心が満たされてるからこそ人間は辛うじて、
人形と一線を画している。
この映画はそう言っているのではないかと思う。

ラスト、
空気人形(ペ・ドゥナ)は純一(ARATA)を殺すわけだが、
単純に言えば純一が余計なことを言ったからそうなったわけで、
あれ自体は空気人形なりの愛情表現だと思われる。
それが、人の生死の実相を知らない空気人形の、
数少ない人生経験から得られた答えだったのだろう。

それにしても、
サイバラさん(『女の子ものがたり』)とかゴーダさんとか、
マンガ界でもどちらかといえばアンダーな部類に属する
彼らの原作まで映画にされてしまうとは。
しかもラブドールが主人公の映画に、
女性が何の抵抗も無く観に来るようになったとは。
すごい世の中になったもんだ。

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映画 「カムイ外伝」

正直けっこう期待してたんですが、ちょっと残念。
崔監督もクドカンの本もそんなに悪くない
(やや展開がヌルいかなとも思いますが…)が、
それ以上にVFXで片付けましたよ感が、どうもねぇ…。
白土三平や山田風太郎(『SHINOBI』など)のような
一世代前の忍者の描写は明らかに人間離れ。
だから、VFXを使うのは仕方ない。
しかし、あまりにも不自然なワイヤーアクションや、
カキワリで合成した感マンマンなコマが多いのがいただけない。
もう少し自然に繋ぐこととかできなかったんですかねぇ。

他にも細かいことを言い出したらキリが無いんだけど、
とにかくイマイチ。
話の性格上爽快感は要求しませんけど、
技術的に問題アリです。
『火天の城』でもけっこうCGとかVFXとか使ってたろうけど、
こんなにひどくなかったよ。
もちろん、話の性質が違うから一概に比較はできないけど、
技術的な詰めの甘さが出てしまっていて、
ザンネンな仕上がりでした。

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映画 「ココ・アヴァン・シャネル」

『ココ・シャネル』(以降『ココ』)と比較してやろうと
意気込んで観に行ったわけでもないが、
『ココ』を観た後だったせいか刺激不足で途中で寝てしまった。
『ココ』で彼女の生い立ちをだいたいなぞってしまったせいなのか、
それとも『アヴァン』自体刺激的な作品でなかったのかは
定かではないが…。

『ココ』に比べると『アヴァン』のシャネルは、
より自律的で打算的。
しかし、そうであることがかえって話の筋を
不自然にしているように思われる。
例えば、なぜシャネルはバルザンの屋敷に押しかけたのか。
ほぼ一貫してバルザンに対して
恋愛感情が無かったと思われるのに。
確かにあそこに行かないと、
きらびやかな当時の女性のファッションに対して
嫌悪感を抱かなかったろうし、
男性的な実用的ファッションには目覚めなかったろうし、
何よりアーサー・カペルには出会わなかっただろう。
私の想像では、
シャネルに何かしらの打算があったのだろうと考える。
あるいは原作にはその辺りの真相が描かれているだろうが、
『ココ』では単純にバルザンに見初められた、
と描いていることを考えると、
映画単体で観た場合どうも腑に落ちないのだ。

あと、男性の私が観るからなのかもしれないが、
ことさらに男性、
特にバルザンを悪く描いている気がしてならないのだ。
『ココ』では、どこにでもいいヤツもイヤなヤツもいる、
的な描き方をしていたように思われる。
『ココ』ではパトロンとしてのカペルの存在が大きく描かれ、
恋愛関係以上の深い紐帯を感じさせてくれた。
『アヴァン』では。その辺りを寝ていたせいで見逃していたのだが、
シャネルが唯一愛した男という
一点でしか描いていないように思われた。
そんなにオトコの影を消したかったんですかねぇ、
『シャネル』(この場合ブランド名としてのシャネル)は。

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映画 「火天の城」

優れた脚本、優れた役者、優れた技術を結集すれば、
いい作品が出来上がるという好例。
全てのモノ作りの基本がこの作品に凝縮されているとも言える。

多鶴(大竹しのぶ)のように夫の悪口を言わず家を支える妻が、
今の日本にどれほどあるだろうか。
信長(椎名桔平)のようなカリスマが、
今の日本にどれほどあるだろうか。
岡部又右衛門(西田敏行)のように実直で有能な技術者が、
今の日本にどれほどあるだろうか。
やはり戦国こそ日本の栄華であると、改めて感じましたな。

それにしても、信長の気宇が壮大なのは知っていたが、
又右衛門の気宇の大きさも並外れている。
天下の城を支える柱を求めて敵地に踏み入り、
揚句の果てには伊勢神宮の柱にする檜をくれとか言うんだから。
そらアンタ、無茶苦茶ですわ。
しかし、信長の気宇の大きさに触れて
又右衛門が安土城築城に命を賭けたように、
敵側の人だった杣頭(緒方直人)も又右衛門の大志に触れ、
命を賭けて又右衛門に檜を渡した。
信長の凄さもきっちり描き切りながら、
又右衛門の成した大事業を通じて、
又右衛門の、そして日本人のモノ作りの凄さも
描き切った力作に仕上がっている。

正直、桔平さんの信長はどうなのかなと思ってましたが、
ええ声でした。ええ演技でした。
やはり信長は怖さが無いといけませんな。

胸が熱くなる、そういう映画でした。
今のところ、今年の邦画では最高です。
ただ、来週は『カムイ外伝』が控えてますからねぇ…。

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映画 「TAJOMARU」

皮肉と不条理がいっぱいで、
いい意味で小憎らしい作品に仕上がってるな、
と思ったらラストが普通過ぎ。
原作も読んでないので偉そうなことは言えませんが、
予想できるラストだったし、
あそこしか落としどころが無いんですがねぇ。

個人的には、所司代での顛末がクライマックスで、
多襄丸(小栗旬)と足利義政(萩原健一)の掛け合いが、
一番の見せ場だったように思えた。
あとは因縁付けというか、
話の本筋かもしれないけどワシにとってはど~でもいい話。

小栗旬が好みの方はどうぞ。
基本的には過程を楽しむタイプの映画だと思う。
VFXとか使ってない(と思われる)殺陣はそれなりに見所があるが、
取り立てて上手いわけではないです。
テレビサイズでも充分です。

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映画 「サブウェイ123」

登場人物が、みんなタダモノじゃない。
ガーバー(デンゼル・ワシントン)の連想力と豪胆さ。
ライダー(ジョン・トラボルタ)の構想力と果断さ。
カモネッティ刑事(ジョン・タトゥーロ)の交渉術。
市長(ジェームズ・ガンドルフィーニ)のヒラメキ。
ガーバーの奥さんの激励。
これらが非常に緻密に、
かつ無駄なく組み上げられている。
どう追い詰め、どう切り返すのか。
観客を前のめりにさせる力を持った快作。

個人的には、奥さんの「帰りに牛乳買ってきて」
というセリフがお気に入り。
ここで「がんばって」とか言わせない辺りが、
非常にアメリカ映画らしくてステキなんですよねぇ。

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映画 「グッド・バッド・ウィアード」

韓国風ウエスタンということで、
当然西部劇(的なもの)との比較になる。
はっきり言って、本家アメリカ(例:『3時10分 決断のとき』)
の奥深さに比べれば、どうしても劣ってしまう。
しかし、ジャパンウエスタン
(要するに『スキヤキウエスタン ジャンゴ』)
に比べれば遥かにマシ。
どうマシかと言えば、取り上げた時代と西部劇とのマッチングの差。
『ジャンゴ』はやはりムチャが過ぎた。
それに比べれば、今作はそう無理がない。
だから、主役の3人が引き立つのだ。
特にクライマックスの5勢力入り乱れての追いかけっこは、
景色、砂埃、銃撃、疾走感とかなりの出来。
ただ、そこに行くまでが退屈。
もうちょっとコンパクトにまとめられれば、
オススメ級の映画なんだろうけどねぇ。
韓国のイイオトコが好きな人は、いいんじゃないかなぁ。

あと、白竜さんがチョイ役で出てるよ。

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映画 「南極料理人」

この映画は、
南極基地の隊員の非日常的日常を描いた映画である。
この映画を通じて何かを成し遂げるわけでもなく、
何かでかいことをやるわけではない。
そのため、非常にゆるいくて、笑えます。

南極基地といっても、「南極物語」などでもおなじみ、
オレンジ色の「昭和基地」ではなく、
さらに内陸に入った「ドームふじ基地」が舞台。
その名の通りなのか、標高が富士山頂とほぼ同じ。
つまり、極地にして高地という、かなり厳しい環境。
そして、タイトルにある通り、
料理人(堺雅人:海上保安庁の人という設定)が
いちおうの主人公。
缶詰や冷凍食品などが主な食材だが、
思ったより普通なものを食べているようだ。
ただし、高地ゆえに沸点が低くなり、
カップラーメンの製造に苦心している。

くすっと笑わせて、ほろっと感動させる映画。
映画館サイズの映像ではないが、
良質のエンタテインメント。
ただし、空腹時には見ないほうがよろしいでしょう。
多分、おなかが減ります。

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映画 「96時間」

良くも悪くも期待を裏切らない、
正統派B級アクション映画。

CMじゃあジャック・バウアー(の声の人)が出ていたが、
今作の主人公ブライアンは、
少なくともジャックさん以上に
尋問では容赦しませんな。
96時間一睡もしていないかどうかは怪しいですが…。

主人公が特殊工作員だったり、
娘に弱かったり、
警官が裏で悪いことしてたり、
カーチェイスがあったり、
ガンアクションがあったり、
殴り合いがあったり、
そういうのが適宜出てきます。
ただ、息つく暇も無いほどではありません。
西洋系アクション映画が好きな方は、
選択肢に入れておいていいと思います。

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映画 『3時10分、決断のとき』

西部劇ってテレビでしか見たこと無いし、
こんなにマジマジと見るのは初めてでした。
まぁ、やってること自体は
ヤクザもののVシネとそう変わんないかなとか思ったんですけど、
けっこう複雑というか、
心情の移り変わりとかが面白かったです。
単純にドンパチやってるだけじゃないんですね。

リメイクって、
オリジナルを知らないで見た方が
ハッピーだったりすると思いました。
そういう意味で言うと、
日本映画のリメイクって、
日本でやるのにはあまり向かないのかも知れませんね。

この機会に、古い西部劇をまじまじと見てみるのもいいかな、
とか思いました。

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映画 「キャデラック・レコード 音楽でアメリカを変えた人々の物語」

まだ、この世に『ロック&ロール』という音楽が
存在していなかった時代。
まだ、アメリカが白人と黒人を分けていた時代。
『リズム&ブルース』から
『ロック&ロール』を生み出し、
白人と黒人の壁を取り払った人々がいた。
そんな人々の光と影を描き出したのが今作。
音楽にあまり詳しくないので、
知らないことがいっぱいあって楽しめた。

副題に「音楽でアメリカを変えた人々」とある通り、
彼らは音楽に新しいムーヴメントを起こし、
それによって黒人の地位を社会に認めさせたのである。
何かを生み出す情熱が、
ひいては世界を揺るがす力にまで大きくなったというわけである。

もちろん影の部分もある。
曲を流してもらうためにラジオDJをカネで買収する。
人気に任せて女をあさる。
カネや女、酒やクスリにおぼれる。
黒人の地位向上に伴う人種間のあつれき。

彼らは変革者であったが、
最終的にはそのあまりにもドラスティックなムーヴメントに
乗り遅れてしまった。
しかし、そうであったがゆえに、
プレスリーというアンチテーゼを生み、
ローリングストーンズやビートルズのように、
その勢いはイギリスにも波及した。
今や『ロック&ロール』というムーヴメントは、
あまねく世界を覆い尽くしている。
その草創期に触れられる今作は、
音楽ファンなら必見といえるだろう。
作中の音楽もGOOD。

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映画 「ナイトミュージアム2」

やっぱ、アメリカはエンタメがわかってる。
面白くて、
ほろっとさせて、
ちょっとためになって、
しかもアツい。

前回よりもキャラが立って、
新キャラがうまく絡んで、
チョイ役もいい味出してる。
博物館のスケールが上がった分、
正常に進化しているのは好感が持てる。

夢もあるし、いかにも夏休み映画って感じ。
日本て、こういう映画はたいがいアニメ映画になっちゃうものね。
しばらく重い映画ばっかりだったけど、
コレは難しく考えなくていいし、
とてもいい息抜きになった。

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映画 「縞模様のパジャマの少年」

『ミーシャ』、『セントアンナの奇跡』と続く
「2009 勝手に『戦争と子供』映画祭」の3作目。
前2作と比べて、あまりに救いの無いエンディングに、
思わず言葉を失ってしまう衝撃作。

軍人(しかもSS)である親の都合で、
ベルリンから田舎に引っ越した主人公ブルーノ。
友達もいない。
家の敷地から出てはいけない。
学校にも行けず、家庭教師はつまらない。
なんか兵隊がうろついている。
好奇心旺盛で冒険家に憧れる8歳の子供が、
この環境に耐えられるわけがない。
ある日裏庭の物置から敷地外に抜け出したブルーノは、
森を抜け川を渡って彼が「農場」と思っていた場所にたどり着く。
そこには、同い年の縞模様のパジャマ
(要は囚人服)を着た少年シュムールがいた。
遊び相手に飢えていたブルーノは、
すぐさまシュムールと友達になるが、
それが実は悲劇の引き金になるのだが…。

何が一番悪いかって言えば、
当然ヒトラーになってしまうんだけど、
登場人物の誰もが、それに対してあまりにも無力なのもまた事実。
戦争の犠牲者は、何も戦場ばかりにいるわけではない、
ということを改めて思い知らせてくれる一作。

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映画 「ココ・シャネル」

当初、9月公開の『ココ・アヴァン・シャネル』(以下アヴァン)と
ごっちゃにしてました。
てゆーか、何で今年「シャネル」なのか気になって観ることに。
つまり、ファッション自体にはあまり興味はございません。

逆に言うと、シャネルのこと全然知らなかったので、
単純にいろいろ楽しめました。
生い立ちとか、
最初は帽子屋さんだったんだぁとか、
ファッションに対する姿勢とか、
男性関係とか…。
『ココ・シャネル』を観る限り、
男性との接し方が不器用な女性に思えた。
理性と感情のバランスが常に悪いというか、
それらがコントロールできないというか…。

上映後にWikipediaでサラっと調べた感じでは、
「男性に対して過度に依存的」と書かれていたが、
少なくとも『ココ・シャネル』が主に描いている、
20世紀初頭の彼女からは、
依存的ではあるが「過度に」とまでは言えない感じはした。
今作ではむしろ「女性のための女性服を作る女性」という、
当時としては希有な彼女と、
それに深く関わった二人の男性という視点が強調されているから、
そういう風に感じられたのかも知れないが…。

『アヴァン』では、どういうココが見られるのか楽しみ。
せっかく同じような時期に、
同じ題材を取り上げた作品があるんだから、
見比べてみるのも一つの楽しみ方。

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映画 「セントアンナの奇跡」

人種差別とか宗教とか、
日本人にとってはあまりなじみの無い話が中心の映画だが、
敵と味方、心と心が交錯するサスペンス単体でも
結構楽しませてくれる一作。

史実を繋ぎ合わせて作ったフィクションと思われるが、
戦争に関する記述はだいたいどこもやってることは同じ。
支配者層が被支配者層を最前線に投入し、
支配者層の指揮官がだいたい無能で、
それで被支配者層である前線の兵士が無駄に死んで行く。
ま、そこまではよくある話なのだが、
今作では戦場で巡り会った兵士と子供が、
ふとしたきっかけで再会を果たす。
その再会に至る顛末がなかなか見事な
サスペンスに仕上がってるっていうわけ。
ムッソリーニ退陣後の混沌としたイタリアの状況など、
戦争映画としても悪くない出来。

過去のわだかまりがある程度解けているからこそ、
こういう作品を世に出せるんだと思う。
アジアも早くそうなるといいんだけどねぇ。

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映画 「蟹工船」

『蟹工船』当時と現代が似てるって言うけど、
軍隊っていうものが致命的に影を落としてるって言う一点で、
当時の方が遥かに絶望的だよね。
そういう意味で言えば、扇動者の新庄(松田龍平)は
「想像力が足りない」わけですよ。
当時は、今以上に社会主義や共産主義に対する
アレルギーの強い時代なんだから。
もっとも、会社内の労働組合がまともに機能していない現代も、
無力感て言う意味で言えばかなりのものがあるけどねぇ。

戦前て言う時代を知る上ではいい原作だし、
原作を語り継ぐっていう意味で言えば悪い出来ではない。
でも、現代が抱える無力感の源泉て、
『蟹工船』の時代とやっぱり違うと思うわけで…。

以下、映画自体の評価なわけなんですが、
うぅん…。舞台演劇ですか、これは。
舞台が舞台なので画面を広く使えないのはわかるんですが、
いちいちセットがちゃっちぃというか、
特に序盤は「とんだ茶番」としか思えなかった。
エナメルっぽいテッカテカの衣装もどうかと思うし…。
あと、血色良すぎ。
もう少しちゃんと役作りっていうものをしてもらいたい。
流行りに乗っているとは言え、
内容自体はタイムリーなわけだから、
ちょっとエンタメエンタメさせすぎたかも。
悲壮感不足!
想像力を養うためにも、原作を勧めたい。

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映画 「アルマズ・プロジェクト」

ネガティヴな情報を入れなければ、意外と楽しめる作品。
いかにして低予算でもっともらしい映画を作るか。
そういうチャレンジ魂は認めてあげてもいいんじゃないかな、
と思うわけです。

内容自体は安直かもしれないが、
現在にしたところで若田さんが
地上の都合で宇宙ステーションから帰って来れないわけだし、
「感染列島」じゃないけど虚構のつもりが
案外的を射てたりすることもあったりするんじゃないかな、と…。

宇宙人とかまたぞろ終末論とか、
「ノウイング」もにも予告編を見る限り似たような臭いを感じるし、
景気が悪くなると、みんなしょーもないこと考えるのかな、
やっぱり。

1200円(札幌地区のレイトショー料金)で観たから、
それほどカネ返せ感はないです。
B級があるからA級があるんだから、
たまにはこういうのもアリかな、と…。

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映画 「ミーシャ/ホロコーストと白い狼」

今年の夏映画は、二次大戦の欧州戦線モノで、
かつ子供絡みの作品がチラホラ。
札幌ではその先触れ的な位置付けになってしまったこの作品。

とにかく、主人公のミーシャ(マチルド・ゴファール)がたくましい。
なんつったって、リアル肉食系女子だし、
両親探して3000マイル歩くし、
狼と一緒に生活してその狼の仇討ちもするし。

まぁ、大筋はビルドゥング・ロマン(成長物語)なんだけど、
やっぱりホロコーストってヨーロッパのトラウマなわけですよ。
何も知らずに逃げ回ってたミーシャは、
結局ホロコーストの犠牲になった(と思われる)
両親の死を受け入れられなかったみたいだし。

東洋には、フィクション、ノンフィクションを問わず、
戦争の傷を洗い出すみたいな映画が少ないのは、
戦後の諸国の在り方に、やっぱり問題があったんだろうねぇ。
沖縄のこと一つ取っても、
いまだに真偽不明な事が多いぐらいなんだから。
太平洋戦争のことは、
年寄りどもがあらかた墓場に持って行ってしまったから、
もうそれほど新しいことは出てこないだろうねぇ。

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映画 「MW-ムウ-」

無辜の市民の命が救われた以外、
何の救いも無いお話。
てゆーか、手塚先生が書きたかったのは、
主人公二人の心の葛藤の方なんだと思うんだよね。
そこをあらかたカットして、
結城(玉木宏)の残虐性ばかりを
フレームアップしたようにしか見られなかった。
原作読んでないからよく知らんけど、
この原作の活かし方はもっと他にあったんじゃないかなぁ。
手塚先生生誕80周年を記念して作った作品としては、
お粗末としか言いようがない。
少なくとも、この脚本じゃあダメ!

個人的には、石橋凌の漢ぶりだけしか収穫無し。
玉木ファンとか、そういう人以外にはあまりオススメできない。
描写も、冒頭から無駄にエグイし…。

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映画 「ブッシュ」

ちゃらんぽらんで、甘えん坊で、わがままで、
何をやっても長続きしなかった
ジョージ・W・ブッシュが、
どうして大統領になろうとしたのか。
それは、この映画を観る限り、こんな理由だろう。
いつまでたっても自分のことを認めてくれない、
パパブッシュを超えたかったから。
聡明な弟と比較する家族を見返したかったから。

もしこんな理由で議員になり、知事になり、
大統領になったとしたならば、
有権者にとってはたまったものではない。
アメリカも建国当初は、
福沢諭吉も驚いたように血筋にこだわらない、
開明的な国だった。
しかし特に第二次大戦後は、
やれケネディ一族だ、ブッシュ一族だと、
血筋を重んじる傾向が出始めてきた。
アメリカ国民も確実に政治に飽き始めてるね。

ま、ブッシュJr.も哀れだと思うよ。
ブッシュ家に産まれてなければ、
あんな偉大な父親の背中を追っかけなくて済んだかもしれないし、
そもそもあんな性格にならなかったかもしれない。
ラスト、ブッシュJr.本人が、
「人にはそれぞれ器というものがある」と、
昔父親に言われた言葉を思い出す。
多分、ブッシュJr.は大統領の器ではなかったのだろう。
せいぜい球団のオーナーか、
大きく見積もっても知事がせいぜいだったのだろう。
ひとえに、産まれた環境が悪かったんだろうね。
あんな直情的な人間を、大統領にしちゃいかんよ。

あと、小泉進次郎君には同情するよ。
本人の意志はどうだか知らんけど、
周りに祭り上げられた途端に、
マスコミに袋だたきにされちゃうんだから。
でも、選ぶのは有権者。
ワシは選挙区違うから何にもできないけど、
多分進次郎君本人のためにも、
彼を議員なんかにしちゃいかんと思うよ。

世襲が悪いんじゃない。
本当に悪いのは、世襲を許している我々有権者なんだ。

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映画 「剱岳 点の記」

雄大な自然。
ちっぽけな人間。
美しい自然。
みにくい人間。

猛々しくも美しい立山の自然に対して、
特に軍上層部の何と醜いことか。
日露戦争を大勝利と言ってみたり、
とにかく山岳会より先に登れと詰め寄ったり、
初登頂が修験者だった事実を伏せさせようとしたり…。
ま、あんな軍人どもが頭を固めてるから、
あの戦争で負けるんだろうけど。

それに対して登山隊のひたむきさ。
救われたような気持ちになる、はずなんだけど…。
皮肉たっぷりのラストと、
美しすぎる立山の自然に霞んでしまうんだなぁ。
それはそれで、非常に奥ゆかしくて、
日本的でいいことなんだろうけど…。

『ノーCG』なんてコピーがあの映画に似つかわしくないことは、
充分承知しているつもりだが、
なぜかメイキング無しには感動できない自分がいるわけで…。
美しい景色を見せたいのなら、
ドラマの部分ははっきり言って邪魔だし、
山に挑む男たちに生き様を描くなら、
途中のアイキャッチみたいな景色は気持ちを和ませてしまうだけだ。
つまり主題がぼやけているわけで、
確かにスタッフ含めてかなりの難事業に挑んだことはわかるが、
それがスクリーン越しにはあまり伝わって来ない。

以前テレビでこんな話をしていた。
試写会の終わり、
誰か(記憶では監督本人)が試写会を観たお年寄りから
「あのシーン、うまくCG使いましたね」
と言われたらしい。
あまりにもCGやVFXが進化した現代においては、
『マッハ!』や『チョコレートファイター』のように、
「ノーCG」をうたってこそ
はじめてそのすごさを示すことができる。
確かに観客がそういうものに毒されているのかもしれないが、
逆に言うとそれがウリになる時代とも言える。
おくゆかしさは日本人の美徳かもしれないが、
それだけでは「日本人は何考えてるのかわからない」と
言われてしまう。

良くも悪くも今年の日本映画を代表しうる作品。
美しい景色を見るだけでもそれなりの価値はある。
人間ドラマ。そういうのは他でも見れるでしょう、きっと。

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映画 「レスラー」

まず、先頃お亡くなりになられた三沢光晴氏とテッド田辺氏には、
心よりご冥福をお祈りいたします。

映画の内容は、奇しくもタイムリーになってしまった感じ。
過去には偉大な実績をあげたレスラーが、
体の限界を迎え、
私生活でもうまく行かず、
結局は病身をおしてリングに戻る、という内容。
日本で例を挙げるなら、天龍源一郎辺りになるだろうか。

プロレスの光も影も描いてみせた、
現役プロレスファンにとっても、
プロレスファンだった人にとっても、
なかなかの快作に仕上がっている。
歳をとるっていろいろ大変だな、
っていう話複数の視点から描いてるし、
いかにもアメリカ映画的な家族も題材にされている。

「猫パンチ」打ってた頃のミッキー・ロークとは一味違う、
味のある演技も見所。

結末は……、観客のご想像にお任せする感じですね。
プロレス好きなら、いろんな意味で観ておくべき映画。

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映画 「ハゲタカ」

私は、高杉良(金融腐食列島シリーズなどでおなじみ)の
経済小説の愛読者です。
テレビシリーズの『ハゲタカ』は見逃したけれど、
けっこう期待して観に行ったんですけどねぇ…。

悪い映画じゃないんだけどねぇ…。
一味足りないっていうか…。
丁寧に作ってるのはわかるんだけど、
こじんまりとしてしまった感があるよねぇ。

確かにテレビ、特にNHKでやると
イヤミにしかならない話も出てくるし、
テレビレベルのカネのかけ方じゃないのもわかるんだけど、
だからといってスクリーンレベルの映像かっていうと、
そうでもないわけで…。

想像力に自信のある方には、原作を読むことをオススメします。
あと、作中で提起された問い掛けにも、
結局何の答えも提示できてないのもねぇ…。

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映画 「アライブ -生還者-」

「事実は小説よりも奇なり」なんていう、
使い古された言葉があるが、
この映画はまさにこれを地で行く作品。
本当の極限状態というものは、
そこから生還した者にしかわからない。

今作では、生存者や関係者のインタビュー、
当時の映像、
そして死亡者の遺族と生還者が30年ぶりに
飛行機の墜落地点に行った時の映像で構成されている。

1972年、アンデス山中に飛行機が墜落した。
誰もが乗員乗客全員が死んだと思っていたが、
70日以上経って突然生還者が現れた。しかも14人も。
彼らの生還を心から喜ぶのと同時に、
人々の中にひとつの疑問が生じる。
彼らはどのようにして生き延びたのか。
彼等は、死んだ乗員や乗客を食って命を繋いでいたのだ。

常識の中でのうのうと暮らしている我々にとって、
それはあまりにもむごい行為に映ることだろう。
しかし、雪深いアンデス山中は満足に生き物も住めない、
まさに陸の孤島。
最後に救援を求めることができたのも、
墜落現場から実に10日も歩いた場所。
彼等を見つけた現地人も「彼等は骨と皮のガイコツのようだった」
と評しているぐらい、限界の状態を迎えていた。
そりゃ、生きるためなら人肉にだって食らいつきもしますよ。

そして、純粋な宗教心ていうのは美しいものです。
生還者は記者会見でこう言っている。
「キリストは最後の晩餐の時、自らの血と肉を分け与えたという。
我々は目の前の死体を、神から遣わされた聖なるものとして、
受け取ることにしたのだ」
また、遺族と生還者は墜落現場に立って、
生還者の子は、
「この人たちの犠牲があるから、私はここに立っていられるのね」
と言い、また遺族のひとりは、
「あんたたちの中に、私の家族は生きている」
と言った。
キリスト教の教義とかよくわかりませんが、
純粋な宗教心のすばらしさというものが伝わってきました。

『奇跡体験アンビリーバボー』では物足りない、
じっくり奇跡体験を味わってみたい方にはオススメ。
ただし、前半はけっこう退屈。
食べ過ぎのせいもあってか、眠くなってしまった。

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映画 「ラスト・ブラッド」

もういいよぉ、ムリにアニメとか実写化しなくても。
どうせ、表現自体はアニメとおんなじなんだし。
さらにタイミングが悪かった。
生身のアクションの可能性を相当引き出した
『チョコレートファイター』観た後だもの。
広告的に言えば「インチキアクションはもういらない」
状態のところに、
ワイヤー&VFXグリグリの
手垢まみれのアクション観ちゃ、ダメだわ。

あのジャンルって、『マトリックス』シリーズで
ほぼ完成してしまった感がある。
しかも、観た感じ『グリーンデスティニー』
(TVでしか観てないけど)
からあんまり進歩してない感じだったし。

殺陣も加藤(倉田保昭)とサヤ(チョン・ジヒョン)では
雲泥の差。
斬られる方はともかく、斬る方はただ刀振り回してるだけ。
このぐらいのなら、『チョコレートファイター』の
阿部寛の殺陣見る方がはるかにマシ。

思いつきで映画とか作らないでほしい。

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映画 「消されたヘッドライン」

同じような題材を扱った『クライマーズハイ』とは、
事件の性質とか背景とか全然違うけど、
ブン屋がいろいろ大変なのは、
日本もアメリカも変わらないらしい。

真実を追究する新聞記者(ラッセル・クロウ)と
企業の不正を暴こうとする議員(ベン・アフレック)が
物語の中心だが、
この二人の友情、愛情、仕事が複雑に絡み合い、
その行き着く先がアメリカと軍事産業の癒着。
二転三転する展開。
息をもつかせぬ緊張のやり取り。
脇役もくせ者揃いで飽きさせない。

ただ、それだけにオチが弱く感じられる。
結局、おいしい思いをするのはブン屋だけじゃん。
爽快感を要求するような映画じゃないけど、
いまひとつ腑に落ちない感じが……。

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映画 「チョコレート・ファイター」

香港カンフーアクションの時代はほぼ終わった。
これからは、タイランドムエタイアクションの時代でしょう。
しかも、この世界にも主役を張れる女性が現れたっていうのは、
でかいねぇ。
ジャッキー、サモハン、リー・リンチェイ(ジェット・リー)が
並び立っていた80年代ほどじゃないけど、
彼女の登場は新時代を予感させるに充分。

主人公を演じたジージャーは、
テコンドーベースってことで前半は蹴り主体だが、
後半のムチャな戦場
(金網の下とか高架線のフチから向かいのビルの看板群とか)
では肘や膝の連打。
例えるなら、鞭のようにしなやかに、かつ激しく打つ感じ。
跳び、回り、蹴り、打つ。
まだ流麗とまでは行かないが、
既に殺陣の流れのようなものを身につけ始めているので、
ひとたびバトルに入ってしまえば、
息をもつかせぬ白熱の攻防が展開される。
その内容は・・・、
スローにしないと説明できないぐらいなので、
気になった人は観てみてください。
あと、時々劇中に見せるマジで痛そうな顔。
あの辺りがまた、ノースタントのリアル感が出てますなぁ。
圧巻は、クライマックスバトルで悪役が次々に
『プロジェクトA』のジャッキー・チェンよろしく、
ビルのヘリにぶつかりながら落ちて行くところ。
ラストのメイキングで、
その中のひとりが首やっちゃってたものね。
やっぱ、アジアンアクションにはメイキング必須でしょう。
あと、阿部寛の殺陣もナイスですよ。
『天地人』じゃあ謙信やってるみたいだけど、
風貌がワイルドになってきたから浪人役なんていうのも
個人的には見てみたいです。

もっとタイ映画界は、
こういうアクション映画を世界に向けて発信してほしい。
てゆーか、こういうのに飢えてる、
ブルースマニアとかジャッキーマニアは、
けっこう多いと思うんだけどなぁ。

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映画 「ウォーロード 男たちの誓い」

『理』 冷厳に秩序を行き渡らせ治めんとする長兄
    (ジェット・リー)
『情』 情を通わせ人々を心服させる次兄(アンディ・ラウ)
『忠』 二人の兄と義兄弟の誓いに忠実な弟(金城武)

『レッドクリフ』同様、アジアのトップスターが揃った今作。
『レッドクリフ』みたいに二部作じゃないし、
『レッドクリフ』みたいにおキレイじゃないし、
『レッドクリフ』みたいに前後の歴史の流れ無視してないし、
『レッドクリフ』みたいに金城武はただのお澄ましさんじゃない。
『レッドクリフ』よりもずっと内容が詰まってるし、
メッセージ性も高いし、表現が直接的でもある。
中国の心を忘れてしまったジョン・ウーよりも、
ずっと中国的で、戦争の醜さ、信じる心の意味を
きちっと伝えている。
戦場の描写も、ダラダラ人が右行ったり左行ったりしてるだけの
『レッドクリフ』よりも、
躍動感があったし、泥臭いし、
アクションアクションしていて良い。
何より、主役の三人がきちっと引き立つ演出をしてある所がいい。
『レッドクリフ Part1』の時は、
『K-20』の金城武の方が躍動感があって良かったし、
『レッドクリフ Part2』の澄ましてるだけの金城武よりも、
泣いて、笑って、怒って、戦ってる
『ウォーロード』の金城武の方が、ダンゼン素敵。
ジェット・リーにもアンディ・ラウにも負けてないよ。

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映画 「ハーヴェイ・ミルク」

『ミルク』を観て興味が沸いたので観てみた。
ドキュメンタリーということで、
特に前半は抑揚が無く、退屈で眠かった。
しかし、当時の映像と当事者のインタビューを使っているので、
観る順序が逆だったら『ミルク』が、
いかにも作りものっぽく見えたかもしれない。

面白いと思えた点を三つほど。
(1)市民と市政を仲介する地元マスコミ
 日本では、選挙の候補と町を歩きながらインタビュー、
 なんてことはまずありえない。
 アメリカでは今も同様なのかどうか知らないが、
 こういうところに選挙による民主主義と、
 民衆と政治の距離の違いが出ていて、なかなかに興味深い。
(2)ただのゲイじゃない、ハーヴェイ・ミルク
 海軍に入ってたり、証券会社に入ってたり、
 劇団のお世話してたりと、
 『ミルク』ではさらっとしか触れられていない面が
 垣間見られたのが良い。
 こういう時期があったからこそ、
 政界で一定の位置をやすやすと占められたんですね。
(3)ダン・ホワイト 馬鹿マジメゆえに…
 絵に描いたような好青年、ダン・ホワイト。
 元警官の正義漢、ダン・ホワイト。
 理想の家族だ、ホワイト一家。
 でもねぇ、それじゃあ海千山千揃いの政界は
 渡って行けないんです。
 コレは、ドコの国でも変わらないようで…。
 マジメで硬骨漢のダン・ホワイトじゃあ、
 家庭を犠牲にしても戦えません。
 そりゃあ、キレちゃいますよねぇ。
 「オレは白人でキリスト教徒でノーマルで中流階級なのに、
  なんで市長はあんなゲイとベッタリで、
  オレをのけ者にするんだよ」
 とかなりますわ。
 人殺したあとで気が立ってるところに、
 クネクネしたオッサンがヘラヘラしてたら、
 ついでに殺しちまえ、とかなりますって…。
 で、こんなお涙頂戴なドキュメンタリー見せられたら、
 自殺もしますって。マジメ人間なんだから。

とまあ、『ミルク』では語られなかった後日談が見れたのが、
最大の収穫でしたな。
『ミルク』見た人なら、むしろ見とくべき映画。

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映画 「チェイサー」

こいつぁ、ドギツイっすわぁ。
鈍器で殴る。鈍い音がする。血が流れる。
足蹴にする。拳で殴る。血が流れる。
そりゃ、R-15ですわ。

裏稼業でデリヘルやってたせいで警察をクビになった主人公。
今やその裏稼業一本で生計を立ててるわけだが、
店の女が一人、また一人と消えて行く。
刑事の血が騒いだのか、
その犯人を追って彼は野良犬となるわけだが…。

ディカプリオがリメイク権を買ったらしいのだが、
あのたけしも、ジャッキーも、
規制が厳しいって言って投げ出したハリウッドだよ。
だいぶ内容がマイルドになりそうですな。
でも、この映画のスゴイところって、
追う方も追われる方も後ろ暗くてちょっと壊れちゃってるのを、
韓国映画特有のあの暗い雰囲気で
うまく表現し切ってるところにあるんであって……。
「インファナル・アフェア」と「ディパーデッド」を
見比べてないからよくわかんないけど…。
多分、リメイクしても見に行かないと思う。
そのぐらい鮮烈でドギツイ映画。
グロいのがおキライな方には勧めませんよ。

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映画 「新宿インシデント」

まぁ~、カネのかかったVシネだこって。
やっぱぁ、ジャッキーからカンフーアクション剥ぎ取ったら、
何にも残らないってことだわ。

歌舞伎町~新大久保辺りのカオスっぷりがよく描けてはいるが、
はっきり言ってそれだけ。
ジェット・リーも引退した今、
ジャッキーはむしろアジアのアクション映画を
牽引して行って欲しいのに、
浮気して演技力とか見せなくてもいいんですよ。
『神話~MYTH~』でVFXグリグリでやって失敗したんだから、
年はとってもまだ生身のアクションやれるぞってところを、
観衆は要求してると思う。

ジャッキーのやることは何でも許せるって人は、どうぞ。

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映画 「GOEMON」

『レッドクリフ』と違って、
初めから歴史考証とか要求してないので、
そういう意味ではまだ素直に観ることはできた。
ただ、映像と音楽の総合芸術として見た場合、
いろいろと残念なカンジに。
ま、ぶっちゃけて言えば、
『○国無双』とか『戦○BASARA』で良くねぇ?
って感じの映像に、
疾走感ゼロの音楽を被せてしまってるのがねぇ。
その辺で言えば、ウォシャウスキー兄弟の
『スピードレーサー』の方がウマイとしか言いようがない。
映像に関しても、『300』みたいに肉体美を強調するとか
そういうことじゃなく、
ただ「紀里谷和明プレゼンツ」を全面に出すだけのもの。
ワシねぇ、別に監督指名で映画観てるわけじゃないの。
そういう意味で言えば、『レッドクリフ』の
「ジョン・ウープレゼンツ」な感じと類似しており、
監督臭がハナにつくという点で類似している。
あと、あの中途半端なエンディング。
ダラダラと結末を先送りしながら、無駄に死んで行く人間。
気分が高揚するでもなく、鑑賞後のスッキリ感もない。
ま、特定の俳優さんが好きな方はどうぞ。

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映画 「グラン・トリノ」

展開が急なわけでもなく、
それほど小難しいわけでもないのに、
無駄なシーンが少なくて内容に充実感があるのがいい。
一つ一つのシーンに必然性があり、
それらをふまえれば、むしろ胸にすっと落ちてくる
ナットクのエンディング。

口下手で不器用だけど、若者たちをより良い方向に導こうとする
その在り方には、ノスタルジィすら感じるが、
今までどちらかというと荒っぽい映画とより多く関わってきた
クリント・イーストウッドの内面に秘めた優しさを感じた。

冒頭のお葬式のシーンなんかは、
アメリカも日本もあんまり変わんないんだなぁ、
と親近感を抱いたり、
イマドキのアメリカの片田舎を垣間見たりできたりと、
ワシ的に興味深い内容もあり。
春映画の中では、エンタメ性で『ミリオネア』に劣るが、
ラストへの持って行き方とか終わった後の余韻なんかは、
『ミリオネア』にも劣らない、ほんわかとした気持ちにさせられる。
春のハリウッド映画なら、コレお勧め。

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映画 「ミルク」

自分の行動をきちんと「カムアウト」できないようなヤツは、
政治家になっちゃイカン、
と、この映画を見て思ったね。
キリスト教国アメリカで、聖書でも禁じられている
同性愛者であることを「カムアウト」し、
あまつさえ政界に乗りだそうというのだから、
周囲の反発は尋常なものではなかっただろう。
今作の主人公ハーヴィー・ミルクは、
それを乗り越えて政界に進出し、
他の州でゲイから公民権を剥奪し尽くした
キリスト教原理主義者の猛攻も退けた。
彼はゲイたちにとって希望の光となったわけだが、
そうなると、私生活もおろそかになるし、嫉妬も買ってしまう。
それでも彼は、人生を実りあるものにするため、
自分の愛するもののために戦った。
こういう政治家が、この日本にいるだろうか。

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映画 「ポチの告白」

『滅私奉公』。聞こえのいい言葉ですよねぇ。
でも、要するに『絶対服従』ってことなんですね、コレ。

例えば、現在『週刊漫画ゴラク』で連載中の
『白竜 LEGEND』では、
警察がいわゆるミカジメ料を取っているという話がされている。
こんな、マンカにしか出てこなさそうな話が、
どうやら本当に行われているらしい。
そんな告発めいた話が、3時間以上にわたって、
これでもかぁ~、これでもか、と映し出される。
主人公は、愚直なまでに滅私奉公した揚句、
最後には飼い主に捨てられる。
でも、飼い馴らされてるのはヒラ警官ばかりじゃない。
マスコミも、検察も、弁護士も、裁判官も、ヤクザも、
みんなみんな飼い馴らされてる。

怖い。怖いよ。
間違えてもこんな警察のお世話にはなりたくないね。
こんなんで、裁判官制度ホントにやれるの?
病院は病気になりに行くところ、
警察は犯罪者を作るところ。
『誰も守ってくれない』もそうだったけど、
ケーサツなんてウラじゃ何してるか、
わかったもんじゃないね、まったく。

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映画 「遭難フリーター」

前置きしておきますが、
ワシはドロップアウトした30男です。
だから、この先言うことには何の説得力もございません。

それでも、今作の主人公岩淵弘樹は負け組で奴隷です。
作中、「オレ誰に負けたんだ、何の奴隷だ」と彼は言うが、
多分その答えを自分で見つけないと、
彼は一生負け組で終わるだろう。
実際彼は、敗北を認めたくないらしいのだが、
そんなグレーゾーンにいても何の意味も無い。
とっとと負けを認めて、勝つための方策を立てるべきなのだ。
幸い、まだ彼には勝つ気があるらしい。
じゃなきゃ、こんな自分の恥部を曝すようなマネ、できないだろう。

勝つ気のあるヤツだけが勝つことを許されるのが資本主義だ。
人生は、生きてる限り強制コンティニューだ。
とりあえず負けてしまってるワシだが、
いろいろと痛感させられてしまった。
ワシも、勝つための方策をちゃんと立てないといかんね。

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映画 「スラムドッグ$ミリオネア」

ここしばらく映画観るたびに
この映画の宣伝のせいでみのさんのワンショット見せられて
ちょっと辟易してました。
それもそのはず。この作品で今年早くも20本目の映画鑑賞。
ほとんどやけくそ気味のハイペースです。

でも、それを飾るにふさわしい、良作。
てゆーかこの作品、やっぱ鉄板!
この春、この映画観ないで何見るの?
ってぐらい見事なエンタテインメント。
純愛で、
兄弟と恋人の半生で、
サスペンスで、
ちょっぴりギャングがいたり、
インドが見えて、
そしてやっぱり踊ります(インド映画のお約束)。

まず、フォーマットが馴染みやすいのがいい。
基本、『クイズ$ミリオネア』を観てる感覚で
楽しめるようにしてるのがうまい。
一方で、回想シーンの躍動感と疾走感が、
観客を飽きさせない。
そして、感動のラストへ向けて
畳みかけるように仕掛けられる出会いと別れ。
それでいて、本国インドで暴動が起きてしまうほど
生々しく描かれるインド下層社会の現実。

エンタテインメントとしての映画の、
様々な部分を贅沢に詰め込んだ、
アカデミー賞を8部門受賞するに相応しい快作。
目頭ではなく、胸が熱くなる、そんな映画。

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映画 「女工哀歌(エレジー)」

今や「世界の工場」と称される、お隣り中国。
秘訣はその圧倒的な安さにあるわけだが、
この作品で安さの秘密が明らかにされている。
何のことはない、安い賃金でこき使っているだけである。
時給換算で約7円で、このジーンズ工場の女工たちは、
仕事が終わるまで延々働かされる。
寮や食事の面倒を見ているといえば聞こえは良いが、
要するに彼女たちの生活のすべてを手中に収めているわけだ。
しかも、これでもまだマシな方らしい。

彼女たちは緑あふれる山奥四川から、
コンクリートジャングルの広東省に出稼ぎにやって来る。
古い表現を使うなら「金の卵」である。
しかし過酷な労働条件で働かされた揚句、
給料は遅れる、
無尽蔵と思えるほど仕事は増やされる、
眠ることも許されず、
初任給は逃亡を防ぐため会社預かりにされ、
食費や罰金は経営者側のさじ加減次第。
たった1度の正月休みも、
実家は遠いからお金や時間がかかるため毎年は帰れず。
ストを起こそうにも、
自分達の働き口が無くなることを恐れて
なかなか踏み切れない。

こんな無茶を、ウォルマートやリーバイスといった、
欧米の一流企業が要求しているのだ。
中国当局も黙って見ているわけではなさそうだが、
帳簿の改ざんや裏取引が横行しているようで、
なかなか良い方向に行っていないようである。

札幌のシアターキノでは今回、
こういった労働者に焦点を当てた映画を、
1週間限定でまとめて放映している。
テレビでも見られそうなレベルのドキュメンタリーだが、
ジーンズという身近なモノに焦点を当てていて、
内容も興味深いものになっている。

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映画 「いのちの戦場 -アルジェリア1959-」

まともな戦場なんてあるわけ無いんだけど、
この映画の舞台になっている1959年のアルジェリアも、
相当にタチが悪い。
なにせ、旧宗主国のフランスが1999年まで、
戦争の存在そのものを認めていなかったというから、
およそまっとうなはずがない。
復讐の連鎖。
裏切り。
使用禁止の兵器。
ゲリラ戦の弊害としての、兵民不分明の虐殺。
行きすぎた拷問。
精神崩壊。
現代戦が抱えるさまざまな負の側面が現れては消えて行く。

そんな危険な戦場に、志願してやって来たのが、
本編の主人公であるテリアン中尉(ブノワ・マジメル)。
周りには、結果優先の少佐、その手先の大尉、
大尉の友人で歴戦の軍曹、敵を裏切った軍曹の忠実な部下など、
とにかく浮世離れしたくせ者揃い。
彼らを相手に常識的な理想論を主張するが、
彼は、戦場ではそれが通じないことを痛感させられ、
疑心暗鬼に陥った彼はついに一般民衆を手にかけてしまう。

近来の戦争映画ではよく見かける内容ではあるが、
この映画には歴史の暗部を掘り起こしたこと自体の価値を
認めるべき。
独立国と旧宗主国の関係は、
戦後60年を経た現在も微妙な影を落とす。
来週公開の話題作『スラムドッグ・ミリオネア』も、
アカデミー賞を取る前には、
舞台となったムンバイで抗議デモがあったほど。
戦後は、まだ終わってないのだ。

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映画 「レッドクリフ PartII -未来への最終決戦-」

まず言っておきます。
三国志に関して予備知識のある方にはお勧めしません。

龐統(連環の計)と闞沢は黒歴史扱いです。
黄蓋は出てきますが、苦肉の策は未遂に終わります。
今回も趙雲が、オイシイ所をイッパイ持って行きます。
孔明は、タダの気象予報士です。
小喬は、鄒です(要予備知識)。
後半は、環境問題が心配になるほど、よく燃えます。
君主三人は、相変わらずどっか抜けてます。
パート1は、やっぱりいりませんでした。
関羽は曹操を逃がしません。
張飛は普通です(悪い意味で)。
甘興が甘寧であってはならない理由は途中でわかりますが、
別に甘寧でもいいと思いました。
女性は歴史に残りにくいので、
どう動いてもらっても構いませんが、
相変わらずとっ散らかしっぷりが尋常ではありません。
気球はともかく(相当怪しいのだが)、
火薬はあと300年待たないと出てこないので、
門を吹き飛ばすことはできません。

以前観た「トロイ」を思い出し、
「多人数対多人数の大会戦は、映画にするとつまらない」
理由ががよくわかった。
あの画は、ただ人の波が右に行ったり左に行ったりするだけで、
見ていてもいっこうに盛り上がってこない。

以上より、予備知識の無い方以外にはお勧めいたしません。
なまじ予備知識があると、かえって腹が立ってきますから。

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映画 「ウォッチメン」

好みの分かれる内容。
別に「X-MEN」で良いんじゃないの、とも思うし、
コレはコレで生々しくて良い、とも言える。

実際の歴史の中に、スーパーヒーローがいて、
そのおかげで歴史がちょっと変わっちゃってたら、
っていう設定自体は悪くないんだけどねぇ。
「X-MEN」のミュータント排除法と同じで、
結局スーパーヒーロー禁止法っていうところに
落ち着いてしまう辺りが、正直イマイチなわけで…。
ラストなんか、「X-MEN」より残酷。
アレじゃあ、トカゲの尻尾切りじゃないの。

宣伝文句ほどスゴイ映画でないことは確か。
アクション好きならまあ楽しめるが、
ワシは生身のアクションの方が好みなので、
その意味でもワシ的にはイマイチ。
「X-MEN」ほど一般受けしにくい内容だしねぇ…。

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映画 「ザ・バンク 堕ちた巨像」

映画観た最初の印象は、
「いくらなんでも、ここまでしてないだろう」だったので、
実際にモデルになったBCCIって銀行のことを、
ウィキペディアで調べたら、
ホントにやってたんだね、あんなとんでもないこと。

そもそもパキスタン人がイスラム資本で作った銀行だから、
イスラム系のテロやゲリラに便宜を図ってたみたいだけど、
そのうちCIAやイスラムと関係ない途上国にまで
カネを融通するまでに巨大化してたっていうから、
もう世界中黄金の鎖でがんじがらめになってたと言っても、
過言ではないぐらい。
そりゃ、法律なんて正攻法で攻めたってムダですわ。

その辺りを、きっちりクライムサスペンスに仕上げてるところが、
ハリウッドの巧さ。
以前観た『エンロン 巨大企業はいかにして崩壊したか』は、
もっとドキュメンタリーっぽい感じで小難しい映画だったが、
これはもっと単純に楽しめる。

ラストに近づくにつれて、世界の暗部というか、
グローバル企業が世界に与える影響力を
まざまざと見せ付けられる辺りに後味の悪さはあるが、
看板に偽り無しと言うか、
今そこにある危機を思わずにいられなくなる

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映画 「フロスト×ニクソン」

ひとりは、テレビの時代に乗れなかった旧い政治家ニクソン。
もうひとりは、政治に興味はないが
テレビの力を熟知しその世界で成り上がろうとする男、フロスト。
この映画はそんな二頭のライオンと、
彼らを取り巻く男達による、言葉の闘争。
ま、本当にそうなるのは最後だけだけどね。

この作品を観る限り、ニクソンは相当興味深い人物。
テレビという新しいメディアに最後まで翻弄された、
旧いタイプの政治家。
しかし、「ラジオではオレの圧勝だった」と言い切れるほど、
弁が立ち、しかも狡猾であり、法よりも情緒を重んじる。
映画のラストでニクソンは、
「私は人に好かれないから政治家向きではなかった」
と言っている。
私は必ずしもそうとは思わない。
その手法は確かに間違いだったが、
高い理想と深い思慮を持ち合わせた、
それはそれで立派な政治家だったと見えた。

フロストは、ニクソンに奮い起こしてもらってなければ、
確実に負けていただろう。
しかしニクソンは、
勝敗よりも戦うことそのものが好きだったようだ。
だから、あまりにも不甲斐ないフロストに、
「全てを賭けて立ち向かって来い」
とエールを送ったのかもしれない。
それが、自分を奈落の底に落とすことになろうとも、
多分ニクソンにとっては満足だったのだろう。

フロストもフロストで窮地だった。
放映してくれる放送局も、スポンサーも見つからない。
自分のお金を持ち出し、レギュラー出演する番組も捨てて、
このニュースショーを成功させようと奔走した。

こんな情熱ある政治家を、
こんな情熱あるテレビマンを、
今この国で、果たして見つけられるだろうか。

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映画 「三国志」(主演:アンディ・ラウ)

「レッドクリフ」もそうだけど、
こっちの「三国志」も
歴史考証とか、史実に対するとっ散らかし方が尋常ではない。
ただ、決定的に違うのは、
こちらは登場人物が揃いも揃って、
ひたすらカッコイイのだ。
忠義とか、友情とか、そういう人の心の美しい部分を、
非常に良く描いているように思える。
歴史モノというよりは、武侠モノという味付けに近い。
諸葛亮や曹嬰(マギーQ)の扱う大戦雄略に
冷ややかな目を向けていることからもそれがうかがえる。
アクションシーンもけっこう豊富で、
ジョン・ウーより観客のニーズに応えている映画だと思う。
これに比べたら「レッドクリフ」なんて、
薄っぺらで「三国志」という歴史に対するリスペクトが
まったく感じられない。
ワシは、正直泣けた。

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映画 「映画は映画だ」

ウマイところ衝いてきた、っていう感じの良作。
ショウビズ界のはみ出し者(カン・ジファン)と、
社会のはみ出し者(ソ・ジソプ)を、
劇中劇の中でうまく噛み合わせている。
作品の一貫したテーマは『リアル(現実)』。
リアルなアクション映画を録りたい監督。
フツーの女の子とこっそり恋愛してる暴力俳優。
棚ぼた的に映画出演のチャンスを得ながら、
本業にも追われるヤクザ。
落ち目の暴力俳優にぶら下がりながら借金を作り、
その俳優のスキャンダルを利用して金の無心をしようとする社長。
他にもクセ者揃いなのに、
あの短い時間にみんなそれなりにキャラを立ててる。
それでいて緊張感もあったりで、
なかなかのボリューム感。
結末はやや中途半端な感じも否めないが、
まあ、ヤクザさんの方はああでもしないと
彼のリアルには帰れないだろうねぇ。

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映画 「ワルキューレ」

1944年7月にあった、ヒトラー暗殺計画の顛末を描くこの作品。
『ワルキューレ作戦』は、暗殺計画の作戦名ではなく、
ヒトラーに万が一の事態があった場合に、
ヒトラーの私兵であるSSから国家体制を守るために
あらかじめ定められた作戦の名前。

良くも悪くも当時のドイツにおいて、
いかにヒトラーの存在が大きかったかを物語る内容。
トム・クルーズ演じるシュタウフェンベルク大佐率いる暗殺者たちも、
決して一枚岩というわけではなく、
ヒトラーを無視し切れず保身に走る者もいた。
作戦自体もズサンというか、相当リスキィなものに見えたし、
どうもオバマの時流に乗ったっぽいせりふが散見する。
しかも、失敗するって解ってて見ているせいか、
やや退屈な印象を受ける。

結果としてこの作戦の失敗で、
ドイツは徹底的に連合軍に蹂躙されたわけだし、
暗殺者側から転向した者も終戦を見ずに処刑される。
彼らの憂国の志は認めるが、
それだけでは国を動かせないのもまた事実。
「CHANGE」って言ってるだけじゃ、何も変わらない。
ま、言わないのは論外だけどね。

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映画 「新宿区歌舞伎町保育園」

日本中で足りないと言われている幼稚園や保育園。
100年に一度とか言われている不況の中、
共働きを余儀なくされる夫婦や、
母子、父子家庭が増加すると考えられる
現状ではよりその重要性は高まることだろう。
今作は、新宿歌舞伎町というやや特殊な環境とはいえ、
そんな現状を描き出している。

キャストを全面に押し出して宣伝しているわりには、
思った以上にまともな内容。
まあ内容を押し出しても、
なかなか興味をひいてもらえるものじゃないっていうのもわかるけど。

なし崩しというか、成り行き任せというか、ご都合主義というか、
とにかく出来過ぎなお話と言えなくはないが、
まあ「映画だから」で許せるレベル。
キャストがキャストなので、
男子にとってはやや敷居の高い客層だが、
内容自体は悪くない。
今後DVDとかででも見かけたら、
見てみてもいいんじゃないでしょうか。

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映画 「未来を写した子どもたち」

売春窟という、
ややもすれば陰鬱になりがちなこの舞台を、
屈託の無い子どもたちが
無邪気にカメラで切り取っていく。

私自身も少しはカメラをやるが、
作中に登場する彼らの写真を見ると、
とても単焦点のコンパクトカメラで撮ったとは思えない、
優れた写真がいくつも出てくる。
彼らに希望を与えようとカメラを教えた、
写真家ザナ・ブリスキ女史の教え方も良かったのだろう。

ザナの各方面への働きによって、
子供たちの写真はやがて世界に紹介され、
子供たちの中には、
実際に未来への希望を掴み取った者もいるし、
親の反対などで結局抜け出させない者もいる。
それでも、この子供たちは運が良かったし、
何よりそれだけの力があったに違いない。

抑揚が少ないので少々退屈な映画とも言えるが、
自分がゆる~く生きてることを、
改めて気づかせてくれる作品。

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映画 「チェンジリング」

今までフィクション、ノンフィクションを問わず、
多くのひどい警察の姿が描かれてきた。
しかし今作のロスアンゼルス警察は、
その中でもとびきりのダメ警察といえるだろう。
汚職や暴力沙汰、不当逮捕は言うに及ばず、
初動捜査ミスやあからさまな言論封殺にでっちあげなど
数々の悪行。
しかもこれらが、
脚色ありとは言え実際に有ったというのだから、
恐ろしさ倍増である。

今作の主人公、クリスティン・コリンズ
(アンジェリーナ・ジョリー)は、
この狂気の警察に真っ向から挑んで、
最後には勝利を勝ち取る。
彼女を支えていたのは、
ただ「本当の息子を取り戻したい」という純粋な母心。

それにしても、この中で描かれている子供達の荒廃ぶりは、
クリント・イーストウッド監督からの
現代へのメッセージなのかも知れない。
『硫黄島』二部作もそうだったが、
監督のリアリティ溢れる描写には驚かされる。
アンジェリーナ・ジョリーの演技も迫力があったし、
一歩一歩真相へと近づいて行く緊張感も心地良い。

アカデミー賞の結果に関わらず、
ノンフィクションに興味のある人は
観ておいて損の無い一作。

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映画 「ディファイアンス」

第2次大戦中、ユダヤ人を救った人といえば、
「シンドラーのリスト」のオスカー・シンドラー、
日本人では杉原千畝といった辺りが有名だ。

今作の主人公であるビエルスキ兄弟も、
オスカーシンドラーと同等の
1200人のユダヤ人をナチスの手から救ったのだが、
上の2人とは少々異なった点がある。
ひとつは、彼ら自身ユダヤ人であったこと。
もうひとつは、彼らがドイツ領内に居座りながら
抵抗して終戦を迎えたこと。

この映画は、
兄弟の物語であり、
結局他の民族に頼ることのできなかったユダヤ人の物語であり、
当然戦争映画である。

泥臭い戦闘の描写あり、
3兄弟の恋模様あり、
組織内外のいさかいありとさすがの見ごたえ。

しかし、よくあるといえばよくある話とも言える。
戦争映画好きの方なら当時の背景ともども一見の価値あり。

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映画 「その男 ヴァン・ダム」

なんともカオスなコメディー映画。
取り立てて面白い、というわけではないのだが、
かと言って「金返せ」的衝動は無い。
「久しぶりにヴァン・ダム見たなぁ」って感じだし、
ショウビズな人々って大変だなぁ、とか考えもする。


人に勧めるような映画じゃないけど、
それほど長い映画でもないので、
まあ軽い息抜き程度にはなるかな、と…。

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映画 「アメリカばんざい Crazy as Usual」

アメリカが日本以上の格差社会であり、
社会保険の水準が日本以下であることも今や有名である。

今作では、現在日本で起こっていることがアメリカでも起こっており、
その規模は日本より大きいということである。
日本では昨今派遣切りによって、
若い世代のホームレスが多く生み出された。
一方、アメリカのホームレスの3分の1は戦争帰還兵である。
なぜそうなるのか。
それは、米軍徴収兵の多くが日本の派遣労働者と同じく、
使い捨てだからである。
それだけではない。
米国内の米軍基地から垂れ流される有害な科学物質や、
兵士たちが日々接触する劣化ウラン弾による被爆など、
日本国内でも問題視されていることが、
アメリカ国内でも起きているのである。

今作の主人公は、そういったアメリカの暴虐に抵抗する者や、
あるいはその犠牲になった若者である。
ある者は、学生たちに「兵士になって戦地に赴くようなことをするな」
と啓蒙する。
ある者は、帰還兵ホームレスだった自分を
救ってくれたグループホームで、
今度は自分が帰還兵ホームレスを救うべく活動している。
ある者はイラクで100人殺したトラウマから、
帰還後軍から脱走し故郷にも帰れずPTSDに苦しんでいる。
ある者は、ブートキャンプ(新兵育成プログラム)で、
親と事務的に別れの電話をかけさせられ、
丸坊主にされ、自我を捨てさせられ、思考も停止させられ、
ひたすら兵士に作り替えられて行く。

これらは全て貧困が生み出しているのだ。
そして現在、この映画が撮影された当時(2008年4月頃)よりも、
世界経済は危険な状態にある。

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映画 「チェ 39歳 別れの手紙」

なぜゲバラがカリスマたりうるのか。
それは彼が、成功と、約束された富貴と、名誉と、家族と、
そして名前を捨ててまで、新たなる革命に身を投じたからであろう。
しかし彼が行ったボリビアというところは、
そんな甘いところではなかったようだ。
民衆の多くは戦いに厭きており、
革命によって得られるかもしれない自由で豊かな生活よりも、
今ある不自由で不平等だが牧歌的な平安を
手放したくなかったのだ。
さらに、ゲリラの中にゲバラの存在を認めたボリビア政府は、
これをキューバによる侵略だとみなし、アメリカに援助を求める。
アメリカの間接的な援助により、
ゲバラ率いる革命ゲリラは更なる苦境に立たされる。

あるいは、彼がゲバラを名乗っていたならば、
ボリビアでの革命活動はもっと違う形だったかもしれない。
しかしゲバラはそれを望まなかった。
彼が望んだのは、
「ボリビア人の、ボリビア人による、ボリビア人のための革命」
だったのだろう。
それは確かに遠回りだったに違いない。
そして彼は、その遠回りの途上で銃弾に倒れる。

「28歳の革命」に続いて、
ゲバラのボリビアでの1年間を淡々と描く。
彼は、神ではなく「人間を信じている」と言った。
逃亡者が出ても、彼らを悪し様には言わない。
脱落しかけている者がいても、彼は直接言葉をかける。
命令違反を犯してはぐれた部隊があっても、
彼は「絶対に見捨てない。たとえ兵一人のためにも全力で探す」
と言う。

中国の伝説に帝舜という者がいる。
ゲバラもまた、帝舜と同じく自らの行動によって人々を感化する、
そういう存在だったのだろう。
指導者の理想像の一つが、この中にある。

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映画 「誰も守ってくれない」

「それでも僕はやってない」とか「闇の子供たち」とか、
最近日本映画でもえげつない内容のが増えてるけど、
今作も相当なもの。

基本、登場人物全員多かれ少なかれ精神が壊れてる。
殺人犯の妹(志田未来)を追い回す、
警察、マスコミ、ネット住人。
彼女を守るのは、過去に傷持つ刑事(佐藤浩市)ただひとり。
刑事もまた、その過去の傷のせいで追われ、
果ては彼の家族まで巻き込まれる羽目に。

加害者の家族を警察が守るのには、それなりに理由がある。
しかし、それを表沙汰にできないのもまた当然。
彼らは、被害者家族に何もしてないんだから。

後味は……、やっぱり良くないです。
ただ救いが無いわけでもない終わり方してるので、
その辺を汲み取るしかないです。

けっこういろんな角度から楽しめる映画なので、
リピートするのもいいかも。
ワシはしないけど。
見ると顛末思い出しちゃうから。

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映画 「ダークナイト」 (いまさらですが…)

映画館のリバイバル上映で1000円のところ、
会員価格で700円だったので観に行きました。

内容に関しては語り尽くされていると思うので
特には触れないが、
いろいろと示唆に富む深い内容で、
「なんで最初っからみなかったんだろう」
と思うぐらいすばらしい作品。

もちろんアクションシーンもふんだんに盛り込まれてたり、
二転三転する展開も秀逸で、
とにかく贅沢な映画。

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映画 「チェ 28歳の革命」

カストロとともにキューバ革命を達成した、
チェ・ゲバラの後半生を描く2部作の前編。

物語は、1959年のキューバ革命戦争(カラー)に、
1964年にゲバラが国連総会で演説するため
ニューヨークに滞在していた時のインタビュー(モノクロ)が
挿入される形で進行する。
良く言えば丹念に事実関係を追っているのだが、
悪く言うとやや淡泊というか控えめな筆致で物語が進行して行く。
ただ、ゲバラの人となりを追うにはそれで充分とも言える。
なぜなら彼が、「情熱的な革命家」ではなく
「軍服を着た医者」であったからかもしれない。
革命の渦中に身を置いているのだが、
半歩ぐらい引いた目で革命軍を冷静に見ているように思える。
軍中にあっても、本(内容はよくわからんのだが)を読み、
兵には「読み書きを覚えろ」と言っては自ら教えもする。
もちろん戦場ではゲリラ戦術に長けた有能な指揮官であるのだが、
それは「革命家」の義務としてやっているように、私には思えた。
ゲバラは、闘争が革命の手段でしかないことを
知っていたのではないだろうか。
革命とは階級の解放であり、そのために何が必要なのか、
南米を放浪した彼にはよくわかっていたのかもしれない。
次作『別れの手紙』では、 彼の「革命家」や「旅人」としての
人生が垣間見られるようだ(予告より)。
彼の理想は、キューバという小さな島国には
収まり切らなかったようだ。

この1作で評価できる映画ではないが、
1月末から『別れの手紙』もすぐ公開されるのはいい。
続きものはできれば今後もこうあって欲しい。

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ユウマの 「2008 勝手に映画賞」

去年、ワシが観に行った映画、21本。
その中から、勝手に良い映画と悪い映画を決めてしまおうという、
「勝手に映画賞」。

良し悪しの基準は、mixiのレビューでつけた星の数ベースで。

☆5つ
 ナルニア国物語/第2章:カスピアン王子の角笛
 スピード・レーサー
 青い鳥

☆1つ
 靖国 YASUKUNI
 レッドクリフ PartⅠ

☆5つの中から、最高賞は『青い鳥』に決定。
イジメを真摯に取り上げた映画というのはもちろん、
言葉のチカラというものを示してくれた一作。
文筆家を志すワシとしては、心に響きました。

☆5つからもうひとつ。「B型なワシ賞」を『スピード・レーサー』に。
あの世界観は、わかる人にしかわからないだろうけど、
わかる人(つまりワシ)には見事ストライクゾーン。
もっとも、今映画館で観てもはまるかといわれると、
自信はありませんがね。

☆1つから最低賞は『靖国 YASUKUNI』で。
はっきり言って、騒いだわりに完成度が低すぎ。
あんな映画に国から金が出てるのかとか、
話題性に惹かれて観に行った自分に、今でも怒りを覚える一作。
国にも、もっとまじめに映画文化を育成する
姿勢を持ってもらいたいもんだね、まったく。

今年は、1月10日公開予定の『チェ 28歳の革命』からの予定。
短期間に2部作を連続上映するというスタイルも好感が持てる。
何よりも、内容がなかなかタイムリー。
今年は何本観に行くことになることやら。

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日本映画 「K-20 怪人二十面相伝」

「レッドクリフ」の、
すましてるだけで何にもしない金城武よりも、
こっちの金城武の方が
よっぽど人間くさくて好感が持てる。
いちおう探偵モノだから
謎解きメインでアクションはほどほどだけど、
一番大事な謎以外はそんなに難しくない。
アクションも、まああんなもんかな。
悪くはないけどVFX使ってるの丸わかりだから、
生身のアクション好きなワシ的にはやや物足りない。
後半の早い展開と「帝都」の世界観はワシ好み。
ただ、この程よい後味を残しておきたいので、
できれば続編はナシの方向で……。
なんぼでも続編作れそうなエンディングだったし、
最近の映画界ときたら
どこもかしこも続編大好きだからさぁ。

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日本映画 「青い鳥」

「忘れるなんて…、卑怯だな…」
序盤に村内先生(阿部寛)はら発せられるこの一言が、
あまりにも重い一作。

教師も、生徒も、親も、みんな忘れようとしていることを、
村内先生はあえて思い出させ、
まるで傷口に塩を塗りこむようなまねをする。
しかし、実は忘れることではなく、
心に刻み付けることをこそ、村内は重視した。

「時間が解決してくれる」と言うことがある。
しかし、それは解決したのではなく、
単に忘れ去るだけのことではないのか。
世の中「リセット」するのが良くないと
言ってるようにも思えるのだが、
その実臭いものに蓋をして、
忘れ去って先に進もうとするのは、
「リセット」と言わないのだろうか。

また、教師陣の官僚的対処も気になった。
この映画、芸術文化振興基金からお金が出ている上に、
文部科学省からの選定も受けている。
しかし、多分見てないんだろうし、
見たところで何も感じないんだろうなぁ。
まず世の官僚や教師にこの映画を見せて、
「原稿用紙5枚以上」の感想文を欠かせないとダメだね。
もちろんみんなで内容を審査して、
合格するまで何度も書かせよう。

すんごい重い映画だけど、
長い映画じゃないし
イジメ問題を描ききった一作として、
人に薦めたい映画としては今年1番と言ってもいい。

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中国映画 「レッドクリフ Part1」

パート1てアナウンスが入った時点で、
一時観るのやめようかとも思ったのですが、
映像の方はなかなか良さげだったので、
「香港のアクション映画だろう」ぐらいのつもりで、
期待度数低めにして観てきました。

まあ、三国志を少なからずかじった私が、
三国志の映画として観た場合、
いろんなところがダメです。
話の都合上大喬(小喬の姉、孫策の妻)を
バッサリなのはまあいいとしても、
歴史考証がいまひとつとか、
曹操おとしめ過ぎだとか…。
まさかジョン・ウーまで
「サッカーは中国発祥」説を支持するとはねぇ…。

アクション映画として観ても、
山場は序盤の『長坂の戦い』と、
赤壁の前哨戦のふたつだけ。
『長坂』は主に趙雲の活躍が
(今思うと、私的にはココがクライマックス)、
前哨戦では武闘派の周瑜がそれぞれ見所。
あとは、ジェット・リー主演の
「HERO」でも足りる程度。

確かに金かかってる感は充分味わえるけど、
ただそれだけとも言える。
いちおう「2」も観るけど、
予告編を見る限りこっちも現代的な演出が多いみたい。
こりゃ、本家中国で顰蹙買うわけだわ。

「三国志」をきっちり堪能するなら、
中国連続ドラマ版「三国演義」の方が断然良い。
特定の俳優に思い入れのある人以外には、
私は勧めない。
特に、「三国志」中級者以上には絶対勧めません。
ツッコミポイント多すぎますから…。

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日本映画 「ブタがいた教室」

「いのちの食べ方」が、
ある意味冷酷なまでに生き物がどのように
食品になるかを描いているかを描いているのに対し、
「ブタがいた教室」は、
生き物を育て、その命をいただくことが、
どういうものかを非常に情緒的に描いた作品。

内容としては非常に考えさせられるもので、
特にブタを生かすか殺すか決める
学級会は台本無しで生徒たちの本音がぶつかり合うなど、
なかなか見応えもある。
しかし、「生かしておいたほうが良い」と
言っている生徒から「じゃあ自分で飼う」と
言い出す子が出てこなかったのがどうしても気になる。
「殺すのはかわいそうだが、自分が責任を取るのはイヤだ」
という本音が透けて見えた。

確かに命は大事だ。
しかし、ただかわいそうだから殺すな、
と言うだけでは単なる思考停止なのではなかろうか。
命の意味を考える、と言う意味では、
いろいろと示唆に富んだ映画である、と思う。

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日本映画 「闇の子供たち」

タイにおける『幼児売春』と『臓器売買』という、
日本映画があまり扱わないヘヴィーな内容。
意外なほどキャスティングが豪華で、
それでいてあんまり宣伝してなかったのは、
やはり内容の重さからなのだろうか。
しかし、そこにむしろ本気感を漂わせる。

『臓器売買』に関しては、
日本国内の制度的な問題によって、
今回の舞台であるタイ以外でも
ずいぶんと迷惑をかけているみたいだし、
日本国内でもできることは少なくないだろう。
ただ、音羽(宮崎あおい)のように、
感情のままに突っ走るだけでも、
当事者の感情と衝突してしまうだけだし、
南部(江口洋介)のように報道して世に知らしめても、
結局それは単なる情報として処理されてしまう。
どっちも大事だけど、
どっちも簡単なことじゃないわけで…。

内容自体相当どぎついので、
誰にでも薦められる作品ではないが、
こういう世界があるのを観る、
という選択はアリではないだろうか。

スタッフルールに流れる
桑田圭祐の『現代東京奇譚』という曲も、
個人的にはグッド。

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中国?映画 「靖国 -YASUKUNI-」

体調がイマイチだったせいもあるが、
久しぶりに映画館で寝てしまった。
内容云々という前に、ひどく退屈な作品。
後半なんか資料映像の羅列だったし。
あんな作品のために入場料+税金(製作に使われた補助金)
払っているのはバカバカしい。

思想云々以前に、作品としてダメ!

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アメリカ映画 「ドラゴン・キングダム」

うぅん……、消化不良。
やはり作品内容以上に、
スタッフやキャスティングの名前を押し出してくる映画に、
名作はありませんな。
四半世紀交わることのなかった、
ジャッキー・チェンとジェット・リー(当時はリー・リンチェイ)の
直接対決はわずか数分。
たしかに見応え充分だったんだけど、
わりと早い時間に見せられてしまうし、
そのあとはVFXバリバリで興ざめ。
劇中で言っているように、
「同じ山に二頭の虎は生きられない」のだろう。
ジャッキーは「カンフー・パンダ」で声だけ出演
(字幕版だけだろうけど)。
ジェットは続けざまに「ハムナプトラ3」で悪の親玉役で登場。
二人のホンイキのバトルを、ノーカット長回しで見たかったです。

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日本映画 「ぐるりのこと。」

33歳独身の私といたしましては、
結婚という他人同士が一つ屋根の下に暮らすことの難しさを、
改めて痛感させられたわけでして……。
実際作中の主人公夫婦(リリー・フランキー、木村多江)も、
妊娠していた子供を流産(死産?)させたことをきっかけに、
奥さんの方が壊れていく。
まあ、鈍感な夫と敏感な妻では、
なかなか噛み合わないのかもしれませんねぇ。
そんな二人を結び付けるのは、
共通の趣味(夫にとっては生業)である絵画。
絵画に打ち込むことで、妻は回復し、夫婦互いに理解を深めていく。
雨降って地固まる、めでたしめでたし、ってな感じのストーリー。

それと並行して、夫の生業の一つである法廷画家の視点から、
1990年代の重大事件犯を追い、
壊れつつある日本人にも目を向けていく。

確かに丁寧に描かれているし、
法廷画家の仕事の現場をのぞき見できるのも興味深かったのだが、
上映時間が少々長く感じられた。
丁寧に描きすぎたのか、少々流れが緩慢な印象。
『クライマーズハイ』の時も思ったけど、
20~30年前の事件のこと、結構忘れてるなぁ……。

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アメリカ映画 「スピードレーサー」

ウマい、ウマすぎる。
今回のウォシャウスキー兄弟は魅せるよぉ。
画面転換にカットインを多用しているのも
なかなかメリハリが利いていいのだが、
なんと言っても、
あのケバケバしいカクテルライトと原色の使い方だ。
あれは『マッハGOGOGO』のオリジナルの色使いと、
アメリカ人にこれが放映されていた
1960年代を想起させる狙いと見た。
そしてそれがまた非常に効果的だ。
同監督の代表作『マトリックス』シリーズを観た時、
「こりゃぁ、生身を使ったアニメだ」と思い、
しばらくCGを使った映画を観たくなくなったもんですよ。
『スピードレーサー』は、それこそ作りもの感満載。
それでもけっこう楽しく観れちゃうのは、
少々ありがちでもきちんとストーリーを見せきってるから。
主人公たち『レーサー』一家も、
古き良きアメリカンファミリーな感じをプンプン出してるのだが、
それがまたあのケバケバしい色使いと妙にマッチしてる。
『ウォシャウスキー兄弟の映画でしょう』とか、
『アニメのリメイクだ』とか、
『なんかパチモンくさい色使い』とか、
そんなの関係なし!
観終わった爽快感はサイコー!

ただ、どうせ真田広之が出るんだったら、
もっとダイレクトにストーリーラインに絡んでほしかったもんだ。
原作は日本製なんだからさぁ……。

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日本映画 「ギララの逆襲 洞爺湖サミット危機一発」

サミット期間中の札幌は、
車で出かけなくても、
何も悪いことしてなくても、
警察に止められる。
中心部のホテルに、
某隣の国の偉い人がご逗留しているらしく、
白バイやパトカーを前後に従えて、
某隣の国の国旗をつけた
ベンツのS600がそのホテルに入って行った。
もう、ウンザリですわ。
交通規制のせいなのか職場の駐車場はヒマヒマだし。

そんな日常を笑い飛ばさせてくれそうなこの作品。
キャストもなかなか。
ニュースペーパーの安倍&小泉
(劇中では伊部&大泉)のモノマネはあいかわらず。
ほんのチョイ役で水野晴男。
これが多分遺作になっちゃうのかなぁ。
劇中でもなんか痛々しいお姿だったし。
そして、怪獣ギララを倒すタケ魔人役には、
「世界まる見え」でもおなじみ、
足立区の着ぐるみ王ビートたけし。
(わしゃ声だけ出演だと思ってるんだけど…)
また、日本随一のおバカムービーメーカー河崎実作品らしく、
アメリカの偉い人&北の将軍様が
「日本以外全部沈没」に続けての登場。

どうせなら、「オースティンパワーズ」ぐらいの
豪華キャストでおバカやってほしいけど、
日本の俳優にそこまでユーモアのセンスを期待するのもねぇ…。
北海道先行上映らしいけど、
ぶっちゃけサミット期間中に見るから
そこそこ笑える映画なんじゃないかな、と…。

「北海道に生まれてよかった~~~」

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日本映画 「クライマーズ・ハイ」

横山秀夫作品の映画化は

「半落ち」、「出口のない海」に続いて3作目。

「半落ち」は観てないが、「出口のない海」は、

原作はともかく映画としてはイマイチ…。

(リンクは「出口のない海」の感想)
http://you-max.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_ac05.html

しかし、これは横山秀夫氏の実体験がベースになっているため、

映画でも登場人物の描きこみが生半可ではない。

内容は、1985年の御巣鷹山での日航機事故を報道する

地方新聞社の1週間を描いている。

新聞社の仕事の様子が見られるだけでなく、

そこに渦巻く、感情と感情、理想と現実のぶつかり合い。

重い内容だし時間も少々長いが、

今年の日本映画の中で、 必見の1本といえるだろう。

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アメリカ映画 「ラスベガスをぶっつぶせ!」

いやぁ・・・、怖いところですねぇ、ラスベガスって。
日本の芸能人やら政治家やらがしこたまやられた、
なんて話をたまに聞くけど、
やられる人間がいれば
儲けて帰る人間もいるわけですな。
しかも、運によってでなく、確率によって…。
MIT(マサチューセッツ工科大学)といえば、
日本でも有名なノーベル賞学者を
いっぱい輩出しているすごい大学。
さすがにそこの教授ともなりますと、
考えることもすごいですな。
そして、その理論を忠実に実行して、大儲けする・・・、
って言う映画なんですけど…。

アメリカって、実話のレベルが違う。
「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」もそうだけど、
ああいう国会議員さんは多分日本から出ないだろうし、
ラスベガスで大儲けする東大生も、
多分出ないでしょうねぇ…。

まぁ、いろいろと脚色してるんでしょうけど、
「大学生ってドコも同じだなぁ…」とか、
ラスベガスの勤め人事情とか、
不当に勝ち続けさせないためのシステムとか、
なかなか興味深いところもあったり、
かと思えば、人間の欲の深さとか、
脆さとか、期待を裏切ると恐いよ、とか、
とにかく面白い。

カジノに興味ある人なんかは、
きっと面白いと思いますよ。

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アメリカ映画 「ナルニア国物語第2章 カスピアン王子の角笛」

今回は、「不完全な王たちの物語」。
ピーターも、
カスピアンも、
ミラースも、みんな王としては不完全。
それでも、皆為すべきを為し、
最終的には失われた平和を再び取り戻す。

1回1回きっちり落とす点は、
最近流行の3部作とは一線を画する爽快な作り。
それだけでなく、
疾走感のある馬での追いかけっこを盛り込み、
敵城へのグリフォンを使った空中からの奇襲、
ピーターVSミラースの一騎打ちから、
ナルニア軍とテルマール軍の激突と、
スピーディーな流れ。
エンタテインメントとしての高い完成度を感じさせる。

またメッセージ性も高く、
開発と自然のしっぺ返しという、
流行の命題をきっちりと盛り込む。
それがさほど説教くさくなく、
流れの中に盛り込まれているのが良い。

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日本映画 「ハダカの城」

この国では、どんなに無道な親(企業)でも、
子(下請け)が親を売ってはいけないらしい。
それでも西宮冷蔵の水谷社長は、
阪神大震災の時も世話になった親企業雪印の
牛肉偽装詐欺を告発。
すると取引先は次々と撤退し、
さらには国土交通省から営業停止の処分を受ける。
作中でも、政官業の癒着を疑っているフシがあるが…。
そしてついには電気を止められ、
実質上業務不可能となる。

しかし水谷社長はあきらめない。
大学に通っていた息子とともに、
告発の経緯を記した本を売りながらカンパを募り、
生活費を稼ぎながら会社再建を目指した。
正義の炎を絶やさないために…。

この親子はナイスな親子である。
ミートホープのように
父の悪行を息子が告発するのとはまた違う、
二人三脚ぶりがこの会社を最終的に再建できた
大きな要因だったように思われる。

ミートホープなどの例もあるように、
食と偽装の問題は雪印事件から6年経た今、
相変わらず世を騒がせている。
「雪印からの電話が無ければ、告発なんかしなかったかも」
と、水谷社長は作中で言っていた。
もし水谷社長が告発していなかったら、
私たちは今ものうのうと怪しげな食べ物を
食べていたのかもしれないのかと思うと・・・。

水谷社長の正義の炎は、絶やしてはならない。
DVカムで撮ったドキュメンタリーなので、
やや淡々とした流れではあるが、
次々と暴かれる偽装事件の引き金となった
この事件を他山の石とするべきなのだろう。
考えさせられる映画。

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韓国映画 「光州5・18」

光州事件が起こった当時、私はまだ5歳だった。
幼稚園で、無邪気に平和を謳歌していたわけですな。

そんな時に隣の韓国では、
本来の敵である北朝鮮ではなく、
軍事政権維持のために無辜の民衆まで
無差別に虐殺していた。
本作は、1979年から始まった
一連の軍事クーデターの転機である
「光州事件」(1980年)の中で実際にあったであろう
兄弟と、親子と、その周辺の話である。
『あろう』と書くのは、
当時韓国は軍部による厳しい情報統制下にあって、
詳細な情報が外部に漏れ出てこなかったため、
「多くの人が殺されたのだから、
こういうことがあっても不思議ではない」
という意味である。

感想としては、やはり韓国映画は巧みである。
重々しく、あるいは韓国人でさえ目を背けたくなるような
自国の暗部に向かい合い、
さらにそこに笑いや恋愛もきっちり絡めてくる。
しかも、「実録・連合赤軍」のような退廃的な色恋ではなく、
韓国好みの純愛でである。

「シルミド」も「殺人の追憶」も硬派なつくりで、
いわゆる『韓流映画』とは
一線を画する出来に感動させられた。
しかし「光州5・18」は、
『韓流』的な部分も取り入れつつ、
現実の事件に対してもきっちり取り組んでいる。
両方とも中途半端と言えなくもないが、
エンターテインメントとしてのさまざまな要素を
きっちり組み込んでいるこの作品は、
商業映画としてバランスの取れた良い出来なのではと思う。

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アメリカ映画 「紀元前1万年」

正直な話、設定が凝っているというだけで、

思いのほか普通の「ビルドゥングロマン(成長物語)」。

主人公は片親で、孤独で、幸運で、カリスマティックな、

おおむね使い古された設定。

原始時代という時代設定ゆえに火薬などを使った派手な演出は無く、

駆け回るマンモスやサーベルタイガなんかも、

ぶっちゃけCGだってわかってるわけだから、

それほど盛り上がるでもなく、ラストも少々ご都合気味。

レイトショー(1200円)で観たから、

それほど「金返せ」感はないが、

正直人に勧めるほどの作品ではない。

ただ、最近重めの作品ばっかり観ていたので、

正直いい息抜きにはなった。

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アメリカ映画 「大いなる陰謀」

鑑賞中も、鑑賞後も考えさせられる映画。
アクションを起こして死んで行く2人の若者と、
机上の空論で彼らを送り出して、
それを梃子にさらなる高みを目指す議員。
そんな議員を昔褒め称えたために
議員のプロパガンダに利用させそうになるマスコミ。
そして、民衆が無力であることを知りながら、
それでもアクションを起すべきだと説く大学教授。
誰も彼も力があるとも言えるし、
また無力だとも言える。

この映画は、
あくまでも問題提起と割り切るほかない映画だろう。
日本もアメリカも、状況自体はそれほど変わらない。
この映画では、
一人では何もできないと言っていると同時に、
一人でもアクションを起さなければ
世界を変えることはできないとも説いている。
今の政治に不満のある人は、
とりあえず観に行ってみても良いかもしれない。
答えは得られなくても、
ヒントぐらいはくれるだろう。

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合作映画 「いのちの食べかた」

言うなれば『食の工場見学』。
良くも悪くも効率化され尽くしたさまざまな食の現場を、
ただひたすら流し続けるだけ。
特に説明も無し。
とはいえ、食糧自給率40%弱の日本にとっては、
テレビで流される日本の農業の現場よりも、実は身近。
個人的に興味を惹かれたのは、『岩塩の採掘現場』。
日本では海塩が主なので、
こういう機会でもないとなかなか見られない、 貴重な映像。
もちろん牛、豚、鷄、鮭の、実に無機的な解体ショーは、鳥肌もの。
さらに繰り返し流される
『日々の糧を得るために、誰かの日々の糧を作る人々』と
『殺虫、殺菌、消毒』なシーンは、
食を取り巻く現状を観る者に刷り込む。

抑揚が無い分退屈ではあるが、
『大人の食育映画』としては間違いなく傑作。
PG-12なので、心あるお父さんお母さんは、
子供にも見せてあげると良いかもしれない。
次の日から自発的に『いただきます』って言ってくれるかも。

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合作映画  「モンゴル」

今回は、去年観た「青き狼 地果て海尽きるまで」と
題材が同じということで、軽く比較して観ます。
ちなみに、「青き狼 地果て海尽きるまで」のレビュー
(他のブログで書いたの)はこちら

http://you-max.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_8f76.html

「青き狼 地果て海尽きるまで」と比べると、
「モンゴル」は…

暗くて
血生臭くて、
(スケールが)大きくて、
(馬が)大きくて(ここは良くないポイント)、
テムジンがしゅっとしてなくてワイルドで、
作り物っぽくなくて、
説教くさくなくて、
親子の情より夫婦の情で、
エンタメエンタメしてます。

ただ・・・、歴史作品は観客を選ぶというか、
私みたいに歴史に興味のある人間とかなら、
少々退屈な内容でもガマンできるんでしょうが…。
それこそ「青き狼 地果て海尽きるまで」と
内容がおおむね同じなので、
やることもそう大きな違いが無いわけで…。
どっちが良いって言われたら、
「モンゴル」の方がいいかなぁ…、って言う程度。
浅野忠信の方が、反町よりは男くさくて
テムジン向きだと、私は思います。

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日本映画 「明日への遺言」

責任の取り方には、いろいろあるだろう。
職を辞するもあり、職とともに責任を全うするもあり。
この映画の主人公、岡田資中将は、
後者を選んだといえるだろう。

岡田は、当初より自らの命と引き換えに
未来ある若き部下の助命を、
この「法戦」の主目的としていた。
しかし、そのあまりにも堂々とした、
また真摯な態度に、アメリカ人弁護士、
また裁く側にあるアメリカ人検事や裁判官までが、
彼に情を寄せ、彼の命を救わんとさえした。
しかし、彼の真意を知ったそれらアメリカ人は、
結局は彼の意を汲まざるを得なくなる。
高潔な彼に比べれば、
未来ある若人を「特攻」という暴挙に駆り立てた輩は、
日本の未来を打ち壊した大罪人といえるだろう。

法廷劇としても、「それでもボクはやってない」とは、
時代も扱う案件も違うが、
日本映画としては質が高く、緊張感もある。

泣けました。
少々重い題材なので星を減じたが、
万人にお勧めしたい良作です。

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イギリス映画 「エリザベス:ゴールデン・エイジ」

久しぶりの映画。
今回も重厚な歴史もの。
しかも、こっそり続きもの。
『エリザベス』も観に行った記憶はあるけど、
9年も前の映画だから実際ほとんど覚えてません。
そうは言っても、もともとの歴史好き。
それなりに予備知識ありで映画館に行きました。
平日午前の回を観に行ったが、
客の入りはまあまあ。
平均年齢は、若干高めといった感じか。

時期としては、宗教改革のさなか。
それに新大陸の発見が重なり、
ヨーロッパが新しい時代に向かおうとしていた。
そこに現れた1代の女傑。
処女王と呼ばれた彼女が、エリザベス1世。
前作『エリザベス』でも、
彼女の恋愛に焦点が当てられていたが、
今回もロマンスあり。
しかし、英雄とは男女の別無くいつも孤独…。
その辺の王族などではつまらないし、
かといって王家に臣下の血を入れるわけにも行かず…。
一方政治の方はといえば、
内に正当を主張するメアリー、
外には旧教カトリックの権威をかさに着て、
邪教プロテスタントのエリザベス率いるイングランドを
目の敵にするスペインのフェリペ2世。
しかも、この両者が結びつき、
無敵艦隊とともに一挙に攻めてくる。
イングランドの、エリザベス1世の運命は…。

私としては、無敵艦隊といわれたスペイン艦隊を、
どうやってイングランドが破ったかにも
興味があったのだが、
特攻というか、「三国志演義」にもある
海上火計だったんですねぇ…。
まあ、質量ともに劣るイングランドとしては、
このぐらいのことをしないと
勝てなかったんでしょうねぇ…。

もちろん、映画そのものの出来は上質。
建物は一部本物を使うなど精密であり、
衣装の方も
さすがアカデミー賞にノミネートされるだけあって、
非常にきらびやか。

いちおう続きものだが、あまり意識する必要は無い。
歴史に興味のある人なら、
かなり楽しめる作品ではなかろうか。

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アメリカ映画 「グッド・シェパード」

アメリカ映画において、「家族」というのは、

非常のポピュラーで、かつ重要な命題である。

この映画ではCIAという、非常に機密性の高い諜報組織と、

家族との関わりが中心に描かれている。

『スカル&ボーンズ』という秘密結社に属し、

その人脈によって妻を得、戦時諜報組織「OSS」、そして「CIA」へと、

自らのキャリアもアップさせていく。

しかし、その仕事の特性として、長期間家を空け、

家族に多くの秘密を持たざるを得ないわけである。

当然家族は崩壊の危機を迎えたりするわけだが、

そこは「スカル&ボーン」の結束力の賜物か、

なんとか離婚だけは回避。

そのうち、息子がCIAに入るのだが、

それによって父である主人公はさらなる危機を迎えたりもする。

映画自体は淡々と進むが、

そうであるがゆえに逆に引き込まれる部分もある。

キャスティングやスタッフも豪華で、

しかもそれに負けない良作でもあるのだが、

予習なしでは少々難しい内容と、

とにかく上映時間が長いのが玉に瑕か。

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アメリカ映画 「ローグ アサシン」

良くも悪くも期待を裏切られた作品。

キャストを見る限りアクション色が強いと思っていたのだが、

特に前半はガンアクション中心で、

キャスティングがそれほど活かせていない印象。

対してシナリオ運びがなかなか秀逸で、

ラストではけっこう見事に裏切られた。

ジェット・リーが新境地に挑戦しようとする意図がうかがえるが、

そのわりには中途半端にジェイソン・ステイサムと

1対1の殴り合いがあるのは、ファンサービスと見るべきなのか。

サスペンス映画としてならまあ楽しめる印象だが、

キャスティングほど気持ちが弾けてこない映画。少々残念。

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アメリカ映画 「SICKO ~シッコ~」

アメリカの医療水準は非常に高い。

臓器移植のために、日本から毎年のようにアメリカにわざわざ行く人も少なくない。

しかし、そんな時必ずといっていいほど募金を募っていたような記憶がある。

私は、「移植ってお金かかるんだなぁ」と漠然と思っていた記憶があるのだが、

実はそうではないということを、この映画ではじめて知った。

アメリカには、日本で言う国民健康保険が無く、

アメリカ国民の多くは民間の保険会社の保険に入っている

(高額なためかそれにすら入れない人もいる)のだが、

またその保険会社というのが恐ろしい。

保険会社が保険料の支払い拒否をするのに、

治療不要と診断した医者には逆に保険会社から奨励金が出る。

政治家に多額の献金を行って、自分たちに都合のいい法律を作らせる。

お金の流れがまったく逆である。

映画の前半では、そういったアメリカの実例と、カナダやイギリス、フランスを比較して、

アメリカの医療制度の問題点を洗い出していく。

そして後半では、9.11で奮闘した消防隊員や、

アメリカの医療制度に苦しむ人々を連れて、

アメリカの領土内で唯一タダで医療が受けられる

キューバのグアンタナモアメリカ海軍基地に船で向かったのだ。

なぜ、グアンタナモではタダなのかというと、

そこにはアルカイダ幹部が収監されていて、

彼らを死なせないようにするために最高水準の医療がタダで提供されているのだ。

当然のことながら彼らは無視され、マイケル・ムーア御一行は、

キューバで路頭に迷うことになるのだが、そこで彼らは…。

今までのマイケル・ムーア映画には無い、オチまできちんとついた洗練された映画。

でも、やっぱり素直に笑えないんだよねぇ…。

パンフレットなどでも書かれているが、

日本の医療制度もだんだんアメリカナイズされてきて、

保険料が上げられてきてまともな医療を受けられない老人が出てきている。

作中で「どうして自分と関係ないかもしれない国民保険料を払うの?」と

マイケル・ムーアに聞かれるとカナダ人は、「助け合いだよ」とさらっと言ってくれた。

私も、きちんと保険料払おっと(給料天引きだけど…)。

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アメリカ映画 「ラッシュアワー3」

ま、なんだかんだ言っても、アメリカ人はバディ・ムービー好きだよね。

「リーサルウェポン」とか、「ジョン&パンチ」とか。

だから、「ラッシュアワー」なんかもそれなりに需要があったりするわけですよ。

今回の「3」も、舞台は変われどやってることは相変わらずおんなじ。

クリス・タッカーは口は達者だがやることは基本的にへっぽこだし、

対するジャッキー・チェンも見せ場は基本的にアクションシーンだけ。

でも、それで二人とも充分すぎるほど魅せちゃえてるんだよね、これが。

クリス・タッカーは調子良くやってるんだけど締めるところはきっちり締めるし、

ジャッキー・チェンには、今回真田広之がマッチアップされる。

真田広之も、元をたどればJAC(ジャパンアクションクラブ)出身の

アクション俳優(もっとたどれば子役まで行き当たるらしいけど)。

当初ジャッキーは、真田にスタントマンを用意していたらしいが、真田がそれを断り、

2人とも吹き替えなしでの体当たりのアクションを繰り広げている。

また、なかなかの怪演を演じているのが工藤夕貴。

正直それほど重要な役割ではないが、なかなか見られない妖しい魅力と、

なかなか大胆なアクションを演じている。

春に公開された「プロジェクトBB」もなかなかだったが、

こちらも期待を裏切らない出来。今年のジャッキーは結構安定している。

秋にはジェット・リーの新作も予定されており、

今のハリウッドにおけるアジアンパワーの占める割合は決して小さくないことを、

この作品は示しているといえるだろう。

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日本映画「選挙」

この時期の上映は、狙って行われたものだろうと思われるが、

それにしても実にタイムリーな内容。

政党、候補者、そして有権者たる我々が、いかに選挙と向き合い、

それらが政治をどのような方向に導いているのかを、克明に記したドキュメントである。

まず明確に分かることは、

日本の選挙では組織力が非常に大きなファクターであるということである。

この映画の主人公「山内和彦」は、小泉旋風吹き荒れる2005年、

川崎市議会の補欠選挙に立候補した落下傘候補である。

普通に考えて、こんな市議会議員の、

しかも補欠選挙に落下傘候補を擁立していること自体、

私などに言わせれば相当大きな錯誤なのであるが、

しかも彼が立候補することになったのは、彼の昔の職場の同期の弟が川崎市議会議員で、

今度補欠選挙があるから公募してみてくれないかと頼まれたからだとか。

当時の川崎市議会は、自民19対民主18だったのだが、

自民の市議会議員が参議院議員に鞍替えしたために、

18対18というまったくの5分になってしまった。

そんなわけで、自民対民主の第1党を賭けた熾烈な選挙戦が、

選挙のことなど何も知らない「山内和彦」の双肩にかかってしまったのである。

同時に、川崎市長選や参議院議員の補欠選挙も行われているために、

中央のお偉方も続々とお国入りして応援演説を行う。

その中には、総理大臣(当時)の小泉純一郎の姿も見える。

まったく、たかが市議会議員選挙(だけではないのだが)ひとつにえらい力の入れようである。

もっとも、やることといえばひたすら政党名と候補名の連呼、連呼、連呼。

しかし、有権者の方もまあやかましいのが来た、程度の扱いでほとんど相手にしていない。

政党の側も、有権者が聞いてないと思うからこそ、政党名と候補者名の連呼に終始して、

街頭で政策を訴えるようなマネはしない。

果たして、鶏が先なのか、卵が先なのか…。

正直、全国でこの映画が単館系映画館でしか上映されていないのが残念である。

有権者も政治家も、この映画を観て是非とも襟を正してもらいたいと、切に願う限りである。

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アメリカ映画「アポカリプト」

大げさな設定に対して、内容はいたって単純。

「ザ・シューター」もそうだったが、アメリカのアクション映画ってだいたいそんなもの。

ただ、やっぱりそこはエンタメの殿堂ハリウッド。見せ方が違います。

監督は、メル・ギブソン。この人の監督映画は、とにかく生々しい。

「パッション」の時も、ひたすら十字架を背負って歩いていく

キリストの痛々しさがものすごい伝わってきたが、

今回も主役のジャガー・パウ(ルディ・ヤグブラッド)とそれを追う者たちの

生きるか死ぬかの壮絶な追いかけっこはまさに圧巻。

それらを演じる者の多くが映画初体験というのだから、まさに体当たり。

流れとしては、前半で因縁を語りながら後半の追いかけっこの意味づけを行い、

その流れで後半の追いかけっこに観客を引き込んでいくというもの。

おそらくCGをほとんど使わずに生身の演技を高感度カメラシステムの長回しで、

見事なまでの疾走感を出しているのも、この映画の見所。

「300」のように画像をいじり回して上質な映像大作に仕上げるのもいいが、

昔から香港アクションなどに慣れ親しんできた私としては、

こういう生の躍動感のほうが良いと感じられる。

もちろん、作品との相性もあるだろう。

「300」は、むしろ肉体美を強調する、ああいういじり方は合っていると思うし、

「アポカリプト」では疾走感とマヤの自然を堪能する意味でも

あまりいじっていない今回の編集は好感が持てる。

あまりなじみのない世界観だからと尻込みする必要はない。

基本的にアクション映画だから、あまり考えずに素直に楽しめると思う。

年間を通してみても、今ぐらいの時期に公開される映画は毎年質が高い。

今年は私の感想としては特に豊作だったように思えるが、

「アポカリプト」ももちろん良作。この緊張感は心地いい、はず。

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アメリカ映画 「プレステージ」

私は、「マジックを扱う映画なんて珍しいな」と思ってこの映画を観に行った。

確かにマジックの裏側(といっても19世紀のではあるが)も見られるし、

デビッド・カッパーフィールド監修ということもあって大掛かりなイリュージョンなども展開される。

しかし、それ以上に引き込まれたのは、

二転三転する「偉大なるダントン」ことアンジャー(ヒュー・ジャックマン)と

ボーデン(クリスチャン・ペール)の騙し合いというか復讐の応酬。

あまりこういう映画を観に行かない私だが、見事に引き込まれてしまった。

特にラストのお互い命を賭けての騙し合いは、もうドキドキもの。

「130分全てがトリック」と謳っているだけあって、

ラストに向かってさまざまな「まさか」が展開される。

「パイレーツ・オブ・カリビアン」みたいな単純なアクション映画もいいけど、

「プレステージ」みたいな上質な映画に騙されまくるのも時には心地良い。

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アメリカ映画 「300 スリーハンドレッド」

今回は「世界ふしぎ発見」などで少々予備知識を入れてからの鑑賞。

さすがに「R-15」指定ということもあって、表現がとにかく凄絶。

飛び散る鮮血。千切れ飛ぶ肉片など、

ちょっとお子様には刺激の強い映像が、中盤辺りから連続する。

しかし、俳優陣の鍛え上げられた肉体と優れた映像効果のおかげで、

それらが詩的に、あるいは絵画のように、そして彫刻のように、

アーティスティックに展開されていく。

その辺りは、やはおおもとの原作であるヘロドトスの「歴史」や、

アメリカンコミックがベースになっているという点が大きいのだろう。

まあ、今のアメリカが好きそうなシナリオではある。

自由主義を標榜するギリシアを、中東の帝国ペルシアの侵略から守るため、

精鋭が体を張って戦う。

今のアメリカのあり方を正当化する内容とも言えなくはない。

とはいえ、この「テルモピュライの戦い」は実際にあった戦いである。

つまり、少なくとも2500年も前からイデオロギー対立は続いていて、

しかもいまだに続いているわけである。

問題はいつの世も覇権主義にあるのだろうが、

相手を許す気持ちがなければ、スパルタのように手厳しく反攻してくるということも、

アメリカにはこの映画から受け取ってもらいたいものである。

とにかく、アクション映画としては斬新で、かつ上質。一見の価値有り、である。

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アメリカ映画 「ザ・シューター 極大射程」

久しぶりに、古式ゆかしいアメリカンB級アクションを観ましたねぇ。

なんてゆうか、こう「ドガガガガ」で「キキキキィー」で「ドッカ~ン」って感じ?

とりあえず銃で撃ち合って、派手に爆発して、最後は主役とヒロインが…、

っていう、アメリカンで大雑把でわかりやすい映画を、最近観てませんでしたねぇ。

原作は、アメリカではともかく日本では「このミステリーがすごい」の1位に選ばれるほどの名作。

確かにそれを思わせる部分もあるにはあるが、

映画の作品的にはあまりその部分を主軸に捉えているわけではなく、

はめられた主人公がどうやって逆転していくかという話が中心。

まあ、映画という時間の制約のある作品の性質上、

あまりサスペンスに時間を割いているといくら時間があっても足りなくなってしまう。

私はこういうアクションが嫌いではないのでまあ応分に楽しめたが、

広告の文句に惹かれてサスペンス映画だと思って観ると、

見事に期待を裏切られる羽目になるだろう。

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アメリカ映画 「パイレーツオブカリビアン ワールド・エンド」

アメリカ映画 「パイレーツオブカリビアン デッドマンズチェスト」を見た際にも書いたことだが、

このシリーズは本来続編を想定していなかったのではないか、ということである。

5月27日にテレビで「パイレーツオブカリビアン 呪われた海賊たち」が放映されていたが、

あれ自体できっちり完結できていることを改めて確認させてもらった

(と同時に、内容をあらかた忘れていたことも再確認してしまったが…)。

今回も、エンターテインメント映画としては決して悪い出来ではない。

最初のシンガポールでの大立ち回りとか、

ブラックパール号VSフライングダッチマン号の艦対艦決戦も見ごたえのあるものではあった。

しかし、はっきり言って話を大きくしすぎてしまったために、

余計な人をたくさん殺してしまったし、

死んだはずの人間を蘇らせたり、神様が登場したり、キャラの性格付けを変えたりと、

離れ業まで使わざるを得なくしてしまった。

その上、どうもまだやり足りないらしい。

なに、次回作からはオーランド・ブルーム外すの?(若干ネタバレ気味?)

今回も半ば惰性(1も2も観たから、3までは付き合うか)で観た。

「ロードオブザリング」みたいに、始めから3部構成だって言ってくれれば、

もう少し見方も変わっただろうに…。

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香港映画 「かちこみ! ドラゴン・タイガー・ゲート」

「インファナルアフェア」がアメリカでリメイクされて、

その上アカデミー賞まで取っちゃうぐらい、香港映画のレベルは上がっている。

そんな中で、ジャッキー・チェンが香港に戻ってまた古き良き香港映画を作ったりと、

一方で復古的な動きも現れている。

「かちこみ! ドラゴン・タイガー・ゲート」も、

そういう復古的な香港映画として捉えることが出来る。

ドニー・イェンが主演とアクション監督をこなすという、

ブルース・リーやジャッキーが歩んだ道を歩み、

彼らの後継者の筆頭に上げられるような激しいカンフーアクションを示し、

それでいて香港の非アクション映画で見られるような

「魅せる映画」的な画面作りもよく出来ている。

「プロジェクトBB」のときも書いたように、古き良き香港アクション映画好きなら、

きっと納得が行く1作…、だと思ったんだけどねぇ…。

いや、ラスト10分ぐらい前まではそう思っていたんだよ、ワシも。

でも、あのラストはねぇ…。あそこまで盛り上げておいて、そりゃないんじゃないの。

あのラストじゃなきゃ、諸手を挙げて賞賛できるアクション映画だったのにねぇ…。

原作がどうやらマンガのようなので、CGもけっこう使われてはいるが、

あの世界にスッと入って行ける方なら、それほどイヤミにはならないだろう。

単純に楽しむなら、基本的にはこれで充分だろう。ラスト以外は・・・(はぁ・・・)。

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日本映画 「俺は、君のためにこそ死にに行く」

日本の大人って、なんて醜いんだろう。

「この国の未来のため」に、若者たちを特攻に駆りだしておきながら、

自分たちは安全なところにいて、死ねずに帰ってきた者を罵倒する。

だったら、あんたらが行けばよかったんだ。

それに比べれば、そんな若い彼らのために憲兵の目を盗んで

いろいろと便宜を図っていた「特攻の母」鳥濱トメさんのなんと美しいことか。

そして今、年寄りを養うために再び若者たちが犠牲になっている現実を、

永田町や霞ヶ関にいる年寄りたちはわかっているのだろうか。

この映画を観て、改めて大人(自分もそうなのだが)に対する怒りを覚えた。

この国は、何も変わっていない。

なぜ、未来ある若者が老い先短い年寄りのためにその身をすり減らし続けねばならないのか。

特攻で散って行った彼らには、未来も、希望も、守るべき家族もいた。

にも拘らず、年寄りたちのつまらない意地のために死を強要されたのだ。

彼らは、必ずしもお国のために死んでいったわけではない。

ましてや、彼らの上官たる理不尽な将校のためでもない。

まさにタイトルの通り、心に想う「君」のために死んでいったのだ。

60年前のあの過ちを繰り返したくなければ、

まず「愛国心」を強要しないことだ。

「愛国心」で若者を騙して死に駆り出した過去の歴史を、

今を生きる我々は忘れてはならない。

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香港映画 「プロジェクトBB」

去年の「神話 ~MYTH~」が最悪のできだっただけに、

今回はノーCGというだけで好感を持って観に行ったわけであります。

香港映画の停滞感を打破せんと、

ジャッキー・チェンのもとにマイケル・ホイやユン・ピョウら懐かしい面々が集まった。

おかげでそのタイトルとあいまって、80年代のジャッキー映画のようなテイストを醸し出している。

30台の私としては、どちらかというとそういう映画を浴びまくって成長してきたくちなので、

わりと安心して観ていられた。

ただ、もちろん不満な点もある。

 ①タイトルが「プロジェクトA」を想起させる
 ②「赤ちゃん」という卑怯な兵器を使ったこと
 ③アクションシーンが若干少なめ

①は賛否両論あるだろうが、原題が「宝貝計画」なので

計画→プロジェクトと訳してしまうこと自体は致し方ない面もある。

用は邦題を付ける方に工夫がない、ということであろう。

もちろん、ジャッキー映画だから、という単純な理由もあるのだろうが…。

②は、手っ取り早く人気を取るためによく使われる手法ではある。

その予測不能加減などでアクション映画のいいスパイスにはなるだろうが、

やや発想が安易なように思われた。

③は、すでに53歳となりライバルとも言えるジェット・リーが引退したこともあり、

そろそろ肉体的な限界が取りざたされていることから考えても多めに見ておきたい。

今回のアクションシーンのハイライトは、マンションの外壁に出っ張っている、

エアコンの室外機を伝って飛び降りていくというシーン。

スタッフロール名物のNG集を見ればわかるが、

実はこのシーンは長回しで、しかも降りきってからのユン・ピョウと掛け合いで

ユン・ピョウがNGを出してしまったために初めから撮り直しになっている。

つまり、そんな危険なシーンを結局2回以上(TAKE2でOKかどうかは不明)

やらされているわけである。

そして今回は、ジャッキーとその母にまつわる

実話を取り入れている点などから見てもわかるように、

「家族」を中心に話が進んでいく。

そのドラマ自体がなかなかの出来となっている。

できることなら、春休みの時期に上映をぶつけてもらいたかった。

公開時期の悪さが悔やまれる…。

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アメリカ映画 「エンロン 巨大企業はいかにして崩壊したのか?」

アメリカの行き過ぎた資本主義が生み出した徒花、それがエンロンである。

金融市場に大きなダメージを与えたと言う点で

ライブドアと比較されたりもする会社ではあるが、

もともと金融市場の大きさが桁違いであるために、規模においては比較にならない。

しかし、それ以上にこの企業の問題の根が深いのは、

この企業がガスや電力といったライフラインを握っていたと言う点であろう。

地域独占企業ともいえる日本の電気卸とは違い、

高度に発達した(あるいは行き過ぎたと言うべきか)資本主義国家アメリカでは、

電気のようなライフラインであっても激しい競争にさらされているのである。

さらにたちが悪いのは、彼らが積極的に政治(特にブッシュ現大統領)に近づき、

その影響力をバックに自分たちにとって都合のいい規制緩和策などを

引き出していたと言われている。

映画の中で彼らが手を染めていた悪事の数々が明らかにされているわけだが、

それらのいずれか一つでも下手な会社なら潰れてしまうような

とんでもないことをやっていたわけだが、

要するに映画の中で語られているようなことは明日日本で起きてもおかしくない、

いやいくつかは実際に日本でも起きていることなのである。

この映画は、確かに資本主義経済の暗部を

暗にあげつらっているに過ぎないのかもしれない。

しかし、この恐ろしさを知らずして、

資本主義国家日本の危うさを知ることはできないかもしれない。

基礎知識がないと難しい内容ではあるが、示唆に富んだ映画であるといえる。

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アメリカ映画「ナイトミュージアム」

いやぁ、こんなに単純に笑えるアメリカ映画なんて、久しぶりのような気がします。

内容は相変わらずのどたばたコメディーなんだけど、

とにかく日本のコメディーとは一味違う。

CGひとつをとっても、それらしさを微塵も感じさせないし、

伝えたいメッセージなんかもさらっと、しかもユーモアを交えて言う。

ジョークなんかも野暮ったくないし、とにかく小粋なのである。

なぁんで日本のコメディって、

徹頭徹尾あんなに野暮なんだろうなぁって思うわけですよ、私は。

ここのところのアメリカ映画って戦争とか何だとか、

なんだか重たい雰囲気の映画が多かったが(それが悪いわけではないのだが)、

「ナイトミュージアム」で改めて懐の深さを思い知らされた。

ひとりでも、カップルでも、家族でも、コンスタントに取れる、

興行的にも内容的にもグッドなアメリカ映画に久しぶりに出会えた。

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日蒙合作映画 「青き狼 地果て海尽きるまで」

映画には時間的制約が必ずついて回る。

だから製作サイドとしては、特に原作のある作品の場合、

原作のどの部分を軸を置いて描くかがけっこう重要になってくる。

これを絞りきれないと、全体的に薄味というか、ぼやけた映画になってしまう場合がある。

正直「青き狼」は、そういうぼやけた作品になってしまったように、私には思えた。

私見として理由は以下のようなものが挙げられる。

  (1)原作が良すぎる
  (2)日本の思惑(家族愛を中心に据える)と、
    モンゴルの思惑(建国800年を記念して建国の英雄の勇ましさを描く)の
    最大公約数的な編集をせざるを得なくなってしまったこと

(1)は、今回主に森村誠一氏の原作をもとにしているが、

その一方で井上靖氏のご遺族の方のご協力を得ているということで、

質の高い2つの原作が逆にけんかしてしまった可能性がある。

(2)は、多くの人を巻き込むということが、

すなわちしがらみであるということを指し示している。

特にモンゴルとしてはこの記念すべき年に合わせて、

この映画を製作してもらったという面も透けて見える。

対して日本としては、昨今の親子にかかわるさまざまな問題から、

チンギスハーンの一族を取り巻く特殊な家庭環境の中に、

親子関係に対するひとつの問題提起を行いたかったように思われる。

しかし、この両方を盛り込むのにはチンギスハーンの生涯はあまりにも激烈であり、

マクロ的な「モンゴルの思惑」とミクロ的な「日本の思惑」の両方を盛り込むのには、

時間的に不可能になってしまったのではないだろうか。

そうはいっても、これだけスケールの大きい映画を作るには、

それこそ多額の資金と人間が必要なわけだから、

いろいろと巻き込まざるを得ないというのに理解はできる。

正直、2部作だったらもっと充実した作品になったのではと思ってしまった。

大作映画を作ることの難しさを、改めて思い知らされた映画であった。

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合作映画 「ダーウィンの悪夢」

湖に石をひとつ投げ込むような些細なきっかけでも、

その波紋が湖に広がっていくようにその影響は広がっていくことがある。

「ダーウィンの悪夢」とは、たとえばそういう映画だ。

50年ほど前、誰かがアフリカのヴィクトリア湖にナイルパーチという魚を放った。

この巨大な肉食魚がまず起こしたのは、ヴィクトリア湖の生態系の破壊であった。

かつて「ダーウィンの箱庭」とまで称された多彩な生態系は、

この貪欲な巨大魚によってことごとく食い尽くされた。

しかしそれは、始まりに過ぎなかった。

ナイルパーチが湖に増えてくると、これが良質の白身魚であることから

これを輸出して財を得るものが現れた。

湖の周辺には魚の加工工場が増え始め、そこで働く者も湖の周囲に集まってくる。

いつしか彼らの集落が生まれ、そこに新たな経済活動が生まれる。

例えば、ボートで湖に乗り出して魚を捕り、それを工場に売って財を得るもの。

例えば、働き手となる若い男達の財布を狙って娼婦が生まれる。

当然彼らは結婚し、その間に子供も生まれる。

貧困から脱出するため、また飢饉や貧困で親を失った子供らも

にぎやかなこの集落に集まる。

とはいえ仕事が無限にあるわけも無く、次第に仕事にあぶれてくるものが現れる。

人が集まれば治安も乱れる。

例えば半ばフリーセックスとなっている集落ではエイズが蔓延し、

免疫力の低下により働けなくなった者が増える。

例えば貧困と飢饉で食料を奪い合う子供たちが、夜になっても町に溢れ出す。

彼らは昼となく夜となく、タバコではない(タバコも吸っているが)何かを吸っている。

それはドラッグである。しかもそのドラッグは、

ナイルパーチを輸出するための梱包材を、熱して溶かして出た煙だったりする。

ナイルパーチは、生態系だけでなく人体にも影響を及ぼし始める。

魚加工工場からはナイルパーチの中骨や頭が廃棄物として出る。

これらを油で揚げて貴重な食料として振舞う者もいるのだが、それでも残骸が出る。

それは一箇所に蓄えられ、それは腐り、有害なアンモニアガスを発生させる。

中にはそれで眼球が腐れ落ちた人も出てくる。

さて、ナイルパーチの切り身の輸出には飛行機が使われる。

ヴィクトリア湖のほとりの加工工場の程近くに空港が作られ、

そこからヨーロッパや日本にナイルパーチは輸出される。

彼らは当初、空荷でここに飛んできて、ナイルパーチを積んで帰って行っていた。

タンザニアなどアフリカには輸入するようなものなど無かったからである。

しかし貧困と飢饉がその状況を変えた。

アフリカ各地で内戦が起こるようになったのだ。

そこに目をつけたのが、ヨーロッパの武器商人である。

内戦を起こしている彼らに武器を売りつければ、自分たちは大いに潤う。

そこに、ナイルパーチを輸送している運送業者も飛びついた。

空荷で飛ぶのは燃料の無駄であるから、彼らは武器商人からの仕事を請け負った。

そうすることで彼らは、行きも金を稼ぐことができるようになるからである。

人心も荒み、中には「みんな貧困から脱出したいから戦争を望んでいるんだ」と

言う者さえ現れる。

1匹の魚が、多くの人を、自然を変えていく。

個々の問題の中には、日本で起きてるものもある。

外来魚や外来生物の問題なら、1度や2度は聞いたこともあるだろう。

幸せというパイは限られている。

タンザニアに住む彼らの幸せのほとんどが、

毎日ナイルパーチを運ぶあの飛行機とともに

ヨーロッパに運ばれて行っているのかもしれない・・・。

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中国映画 「墨攻」

人は何故歴史を繰り返すのか。

その答えのひとつを、「墨攻」の中に見たような気がする。

その答えとは、「人には良くも悪くも心があるから」だと思われる。

心があるから人は嫉妬し、憎み、時には劣等感に苛まれ、

そして恐怖するからこそ人を殺したりもするのだろう。

また、報復しようとするからまた殺す。

こうして歴史は繰り返されていくのではないだろうか。

墨家の思想は「非攻」と「兼愛」の2語によって語られる。

「非攻」とは攻めないという意味で、全ての人が「非攻」の思想を取り入れれば、

世界中のどこにも戦争は起こらないということになる。

「兼愛」とは、自他の差別無く平等に人を愛するということであり、

これが達成されれば、互いに愛し認め合うわけだから人を羨んだりさえしなくなる。

しかし、これって裏を返せば自己を抑制しろっていうことなわけで…。

それができないことは、劇中で主人公の革離(アンディ・ラウ)自らが示している。

彼は自らを抑制して、彼に思いを寄せる逸悦(ファン・ビンビン)の好意を断り続ける。

しかし、結局彼女を愛してしまうのだが、それも彼は失ってしまう。

そのうえ、独断で救った梁国の幹部に疎まれて殺されかけ、

結局は逃げるように梁国を去る羽目になる。

人が人である限り、「兼愛」であり続けることは難しいように思える。

自分の事をもっと見てほしいと思ったり、逆に特別な感情を抱いてしまうのは、

ある意味では人間として自然な感情のように思われるからである。

大人になるとは、感情を押し殺すことなのかもしれないけれども、

だからといってそれでみんながハッピーに生きていけるわけでもない。

そして、墨家が生まれてから2500年、

人は今もみんながハッピーに生きられる方法を模索しながら、

同時に悲しい歴史を繰り返している…。

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日本映画 「それでもボクはやってない」

某マンガ雑誌の映画評でも「傑作」と評していたように、

この映画は間違いなく傑作である。

何よりも「人が人を裁く」ということがいかに難しいことであるかを痛感させられる。

この映画を実際に見ればわかることではあるが、

主人公(加瀬亮)は完全に冤罪であり、犯人は裁判の場に証人として現れる。

しかし、それはわれわれ観客が神の視点で見ているからわかることであって、

そこが「人が人を裁く」ことの難しさをあらわしている。

被疑者である主人公は長期の拘留と度重なる尋問で精神を擦り減らす。

警察も裁判所も、完全な人不足とノルマ主義で公正に人を見ることが出来なくなっている。

弁護士も人不足であるし、また人である以上勝敗などによって心も大きく揺さぶられる。

そんな冷たい戦場に主人公は何の心の準備も出来ぬまま投げ出される。

そしてさらに恐ろしいことに、これが「明日は我が身」であるということである。

劇中で示されるように、痴漢で裁判を争って負ける確率は実に99.9%。

そりゃ、弁護士だって示談を勧めたくなりますわなぁ。

しかし、そこはタイトルの示す通り「それでもボクはやってない」わけですわ。

友人や母親と相談して刑事弁護士を探して徹底抗戦に突入。

実際に痴漢冤罪を訴えて係争中の他の被疑者などの協力を得て

無罪を勝ち取るために奔走するが…。

この国は腐ってます。法治国家ではありません。

なぜなら彼らは、都合のいい法律を作りながら憲法遵守義務など無視して

都合のいい解釈によって憲法は蹂躙している。

そして、陰に籠って天の声を発したり、その見返りに札束をせしめたりしている。

このような国で、力無き小市民はいかに生きるべきか。

まず、罪を犯さないことである。もちろん、こんなことは当たり前のことなのだが…。

しかし、このまえ私が免許更新の際にも言われたことだが、

自分が事故を起こさないようにいくら注意していても、

事故はどこかから突然降って沸いてくる時があるのである。

事件にも同じことが言える。この映画がそれをまさに指し示している。

極端なことをいえば、人の接するところでは事件が起こりうるといえる。

人と接することなく生き続けることができれば、

おおむね事件に巻き込まれるようなことも無いだろうが、

そんなことが不可能なことぐらい誰にだってわかる。

じゃあどうするか。常に気をつけ続けることである。

痴漢なんてとくに危険だ。なぜなら物的証拠無しに有罪になっていっているからである。

警察などあてにならない。

彼らは、保身のために偽証ぐらいは平気でやるようだ(これも劇中で示されている)。

そして、力無き小市民には、それらの偽証を立証する能力も持ち合わせていない。

痴漢に関する限り彼らは、ほとんど「特高」こと特別高等警察と言える。

尋問はほとんど拷問だし、警察も検察も頭っから犯人扱いである。

そのうえ劇中では、裁判官ですらも下手すると頭から犯人扱いである。

痴漢なんてやっちゃいけない。

もちろん、犯罪なんだから当たり前なのだが、

間違いなく「疑わしきは罰せられる」と思った方がいいようだ。

先週の「不都合な真実」もそうだったが、

映画は時としてとても良い教材になると、改めて思い知らされた。

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アメリカ映画 「不都合な真実」

この映画は、地球環境と真摯に向き合ったドキュメンタリー映画であると同時に、

『一瞬だけ大統領になった』アル・ゴアの半生にも触れるドキュメンタリーとも言える。

改めてこの映画を見つつこの7年間を振り返ってみると、

もしゴアが大統領になっていたら……、と考えさせられてしまう。

タリバンとの向かい合い方、中東との向かい合い方など、

大きく変わっていたのではないだろうか。

とはいえ、この映画の本筋はそんな政治的なこととはあまり関係は無い。

この映画は、全編地球温暖化への注意喚起と、

その解決に向けて地球市民が何をすべきかを説いている。

しかし私が作中で気になったのは、

アメリカのある勢力(石油関係の利益団体などと思われる)が

政権に食い込んでいるために、

少なくとも現政権は地球温暖化のことに触れること自体タブー視していると思われる

箇所があったことである。

アメリカの燃費基準は、この映画で示されている限り世界最悪の水準である。

にもかかわらずアメリカではセレブを中心にプリウスなどのハイブリッド車を中心に、

低燃費な日本車が売れている。

つまり、アメリカでも民意は確実に環境改善に向かっているのである。

とはいえ、アメリカの政治を影で動かしているのは業界団体などの圧力団体である。

しかも彼らは世界経済も事実上牛耳っており、

彼らの推進する経済のグローバル化は環境改善の

大きな障害となっているのが現実である。

事実、ブッシュ政権に追従する日本は、京都議定書に批准しているにもかかわらず、

二酸化炭素排出量が当時よりも増えている。

先に行われた宮崎県知事選挙を見ても思うことだが、

民意によって選ばれた議員によって運営されているにもかかわらず、

政治と民意との乖離は日本でもアメリカでも激しいものがあるように思われる。

政治とは、民衆ひとりひとりの小さな力を結集して、

国家的大業を為すシステムであるはずである。

今こそ、政治に本当の力を発揮して、地球的危機に対する時であろう。

と同時に、われら地球市民もまた、自分のできることをひとつずつやっていくべきであろう。

最近、レジ袋有料化やクール(ウォーム)ビズなどの動きも見られる。

資源無き日本国民なら、絶対に見るべき映画だと思う。

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アメリカ映画 「エラゴン 遺志を継ぐ者」

おそらく今年の映画納めとなる今回は、

最近ハリウッドでけっこう作られているファンタジーもののひとつ、

「エラゴン 遺志を継ぐ者」。

結論から言えば、ちょっとご都合主義っぽいっていうか、ドラゴン万能すぎです。

つい最近まで農民だった主人公が、ドラゴンに選ばれただけで、

魔法まで使えるようになっちゃうっていうのは、ちょっといただけないですなぁ。

「ハリーポッター」も「ロードオブザリング」も「ナルニア国物語」も、

全部見ちゃったよという人にはあまり新鮮味は無いかもしれない。

ただ、やっぱりドラゴンに乗ってるときの疾走感というのは、

これまでのファンタジーものとはまた違ったものがある。

もっとも、「エラゴン」もまた3部作ということで、

今回は導入部と割り切って次回以降に期待という手もないわけではない。

ただ運命に従順ではない主人公というのは、

等身大で新しいという人もいないではないが、

私としては「三国志」の劉備みたいに目の前の命を捨て置けないタイプと見れば、

まったく新しいタイプとするわけにはいかない。

今回は映画館の「メンズデー」を利用して1000円で見たが、

少々損した感も無きにしも非ず。

ある程度想像力に自身のある方なら、ぜひ原作で楽しむことをお勧めする。

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アメリカ映画 「硫黄島からの手紙」

私がこの映画を見終わって最初に思ったのは、

「あの戦争」のことではなく、最近多い自殺のことであった。

硫黄島南部の要「摺鉢山」が事実上陥落した時、

総司令である栗原中将(渡辺謙)は摺鉢山の責任者に対して

「北部総司令部に全軍合流せよ」という命令を出していた。

しかしそれを聞いた責任者は沈黙をもってそれに応え、そして拳銃で自決する。

下士官も同様の教育を受けているため、

残された兵士も拳銃や手榴弾で次々と自決する。

残されたのは西郷(二宮和也)と清水(加瀬亮)という2人の兵士。

西郷はただ死ぬのが怖かったのか、その場から逃げ出そうとする。

憲兵上がりの清水がそれを追い、西郷に拳銃を向ける。

そこで西郷は、ここで自決するよりも生きて戦う方が

天皇陛下のためになるのではないかと説く。

私はこのせりふにひどく共感させられた。

彼らのごとき集団自決は、まさに責任逃れである。

自らが率いる兵の命を無視して自らの責任のみを放棄して死ぬ。

未履修問題で自殺した校長先生の心情に、あるいは似たものを見出せるだろう。

また、とりあえずやめる社長なども

この自決と同様の心情でやめていくのではないだろうか。

「武士の本懐を遂げる」とか「潔く身を引く」とか言って、

自分に陶酔して死んだり辞めて行ったりしていく。

しかし、やっていることは単なる責任放棄である。

死ぬことはいつでもできる。辞めることもいつでもできる。

己に課せられた責任を果たさずして死んだり辞めたりするのは犯罪である。

それに比べて、残兵を糾合し味方にさえ5日で陥落すると言われた硫黄島を、

36日間に渡って防衛した栗林中将こそ、まさに忠烈の士。

天皇陛下と祖国のために真に戦った、「ラスト・サムライ」にも通じる真の武士道。

 

人は、確かに死に向かって生きている。

であるからこそ、いつでも死ぬことはできる。

でも、どうせだったら何も為さずに死ぬよりも、

何かを為してから死にたいと、男の私は思うのである。

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アメリカ(?)映画 「ナチョ・リブレ 覆面の神様」

いきなり感想からですが、思ったよりも普通な映画に仕上がっていて、

逆に期待外れというか…。

内容はいたってベタ。ダメ男がタイトル通りに覆面かぶってプロレスに出て

成功するっていう感じ。

ただ、そこは覆面プロレスの本場メキシコを舞台にしているだけあって、

いろんな意味でキャラが濃い。

主人公は則巻千兵衛(Dr.スランプ)そっくりだし、

タッグパートナーはアンガールズの山根さんみたいな感じ。

ただ、もう少しプロレスのシーンを見たかったのに、

俳優に経験がないせいかそっちの方は少な目というのは私としては残念。

若干損した感はぬぐえないが、この前観た「父親たちの星条旗」とのギャップは、

まさにアメリカ映画の懐の深さ。

日本も最近はそういうオバカな映画の作られるようになってきたが、

まだまだ本場の迫力には劣る。

日本て、監督さんが少ないのがネックなのかもねぇ…。

正直、この映画は映画館クラスの映像ではなかったが、

映像の色彩感にジャストフィットのメキシコ音楽はなかなかいい。

音楽の使い方はグッドなんじゃないだろうか。

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アメリカ映画 「父親たちの星条旗」

20世紀は「映像の世紀」と誰かが言った。

この映画は、太平洋戦争末期アメリカ国民に最後の勇気を与えた

1枚の写真をめぐる実話に基づいた映画である。

実話というのも、この作品の原作を書いたジェイムス・ブラッドリーの父が

まさにその写真に写っている6人の勇者(本当はそうでもないのだが…)

の1人、ジョン・ブラッドリーなのである。

大まかな内容は公式ホームページに譲るとして、

まず私が驚いたのは当時のアメリカのお財布が相当厳しい状態だったことである。

しかしよく考えれば当然のことで、この時点(1945年2月)では

まだドイツとの決着はついておらず、太平洋とヨーロッパで継戦中であった。

日本ほどではないにしても、多くの働き手を戦地に送り出していたし、

日本との戦いもすでに4年を過ぎて国中にも厭戦ムードが流れ始めていた。

それに何よりも戦争とは史上最大の浪費行為である。

前線で位置出される弾丸、戦車、戦闘機、艦船…、どれもこれも言ってみればカネである。

国庫のお金がいくらあっても足りないというのが現代戦と言っていいだろう。

そこに突然現れたのが件の写真である。

この写真に政府は飛びつき、軍はこの写真に写った男たちを探し、

彼らを英雄として祀り上げ、彼らを利用して国民に国債を買わせて

それを戦費に充てようと考えた。

結果としてそれは成功し、戦費を得たアメリカは戦争に勝つわけであるが、

英雄に祀り上げられた3人(この映画の主人公)の人生は大きく歪められてしまう。

ひとりは経営者としての成功を得るが過去の戦争について口を閉ざし、

ひとりは間違えて英雄に祀り上げられたことに罪の意識を覚え、

そのことで結局は自らを押し潰してしまう。

そしてもうひとりは、英雄に祀り上げられてかりそめの成功を得るが、

戦後忘れ去られて結局は落ちぶれていってしまう。

このあたりの人生の悲哀が非常によく描けている。

そして、先にも少し触れたが、アメリカも日本の「大本営発表」ほどではないにしても、

少なからず情報操作を行っていたということである。

アメリカが原爆を使ったのにはいろいろと理由があるといわれているが、

その中には「本土決戦ではあまりにもアメリカ側の被害が甚大であるから」

という理由が少なからず含まれている。

そのシミュレーションのベースとなっているのがこの硫黄島の戦いであるといわれている。

日本側はもちろん玉砕であるわけだから2万2000人の守備兵のうち生存者は約1000人。

一方のアメリカ軍も死者こそ7000人弱であるが、

負傷者を2万人以上も出してしまう大損害を出してしまったのである。

もしもこの調子で、1億総玉砕で挑みかかってくる日本と

本土決戦を仕掛けてしまったら…。

ただでさえ厭戦ムードの漂う中でこれ以上の甚大な被害を出してしまったら、

政権運営など当然おぼつかない。

それゆえにアメリカもまたこういった盛大なプロパガンダを行って

なんとか国民を奮い立たせる必要があったのだ。

おそらく、この死傷者数は当時のアメリカ国民も知らなかったことだろう。

今年は大小さまざまな第二次世界大戦絡みの映画が上映されたが、

まさにそんな2006年を締めくくるにふさわしい集大成的な作品であるといえよう。

ぜひこの硫黄島2部作はセットで見てもらいたい。

そうすることで、戦争とは国家と国家の衝突であるということを

改めて実感させてくれるはずだから…。

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ロシア映画 「太陽」

昭和天皇、いや昭和天皇に限らず天皇の実像を描くこと自体が、

日本ではタブー視されていると言えるだろう。

であるがゆえに、メモ1つ出てきただけで大騒ぎになるのだろうが……。

そんなタブーの内側を垣間見せた映画がこの「太陽」である。

感想としては、まず登場人物がどういうわけかことごとく滑稽であるということである。

イッセー尾形演じる昭和天皇はもちろんのこと、

天皇に仕える侍従、戦後天皇の周辺に現われる米軍兵や

その中に混じっている日系人米軍兵などもどこか滑稽なのである。

その中でマッカーサーだけがまとも(に見える)で冷静に判断を下しているのだ。

そして、これは現代の皇室にも言えることであるが、

感情のことごとくが滅殺された灰色の空間で天皇は生活していたということである。

そして天皇はその環境を甘んじて受け、

その現状に決して満足していないにもかかわらず、

この映画の中では「ま、いいか」の一言で思考停止してしまうのである。

私は、125代いる天皇の多くが実は昭和天皇と同じように

政治的には何もせずにただ時の過ぎ行くのに任せていたように思えるのだ。

つまり、憲法に明文化するまでもなく天皇は象徴なのではないかと、私は思うのだ。

昭和天皇は、当時の政治に、軍部に、そして国民にも不満を抱いていたように、

この映画では描かれている。

その一方で、彼は戦争中ものうのうと海洋生物の研究にいそしむのである。

天皇とは、象徴とは一体何なのか、私にはわからなくなってしまった。

とにかく、考えさせられる映画であった。

地味で退屈な映画ではあるが、一見の価値はあると思う。

ラスト、天皇は皇后(桃井かおり)とともに

疎開から戻ってきた皇太子たちに会いに行くシーンになる。

(以下ネタバレ)

そこで天皇は侍従長(佐野史郎)に「人間宣言」を録音した技師について尋ねる。

侍従長:「自決いたしました」

天皇:「もちろん止めたんだろうねぇ?」

侍従長:静かに首を横に振る

そして天皇たちは部屋から出て物語は突如終焉を迎えるのだが、

(以上ネタバレ)

天皇は最後まで、「あ、そう」とか「ま、いいか」とか想っていたのだろうか……。

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日本映画 「出口のない海」

現実とはどこまでも残酷なものである。

「出口のない海」では海の特攻隊である『回天』(またの名を人間魚雷)

の乗組員の話である。

まず何が残酷かというと、操作が難しく、しかも故障の多かったこの『回天』に、

学徒出陣の、つまり実戦経験も無い若者を乗せていたという事実である。

さらに残酷なことに、この『回天』には脱出機構が付いていないということである。

ある本に、「世界中で自己犠牲の精神を利用して兵器を作ったのは日本だけだ」

というようなことを書いていた。

特攻はまさにそういった精神をもとに立案された作戦で、

特攻機『桜花』や人間魚雷『回天』はまさにそのために作られた

卑劣な兵器であるといえる。

確かにこれに乗り込んだ者は御国の為に死んでくるという

意志が確実にあったのかもしれない。

しかし、その心情を利用した作戦や兵器を立案しておきながら、

その立案者は内地でのうのうと生きていたわけである。

この映画はそういった点に一切目を向けず、

ただただ乗組員やその周りの人々の美談によって埋め尽くされている。

戦争を美しく描くのは簡単だ。この映画はまさにその好例と言っていいだろう。

しかし、この映画の中で淡々と説明される『回天』の実態を噛み締めれば、

当時の日本の本当の姿が逆に浮かび上がってくるとも言える。

私としては、正直あまり勧めない。

『回天』のことだけを知るならばもっといくらでも手段はあるからだ。

それにあの結末(詳しくは書かない。ネタバレになってしまうので)。

皮肉というか、ある意味とても切ない…。あそこまで貶めなくてもいいと思うのだが…。

ああいう事実があったとしたら、神とはあまりにも皮肉が好きなのだろうなぁ。

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アメリカ映画 「ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFT」

やっぱり、アメリカ映画は金のかけ方が半端じゃない!

なにせ、渋谷をセットでほぼ完全再現しちゃうし、

撮影用に日本から映画1本のために車を200台以上も輸入しちゃうんだから。

CGの使い具合が気にならなかったから、あるいは使っていないかもと思えるぐらい、

リアルなカーチェイスはまさにアメリカ流の本格派B級アクション。

9.11以来、アメリカ映画は「ワールドトレードセンター」(10月公開)に

見られるように社会派が主流となってきている。

もちろん私はそういう映画も観るが、そればっかりというのもまた面白くない。

車好きにとっては、こういう映画はたまの息抜きにはいいと思う。

ただ、劇中に出てくるヤクザの親分カマタ(千葉真一)の格好が…。

イタリアンマフィアじゃないんだから、白のダブル着せるっていうのは…。

最後の主人公VSライバルのダウンヒルは日本での撮影。

これもかなりの迫力で、「頭文字D」(香港)に劣らない

スリリングなバトルが展開されている。

そして、それを携帯電話でギャラリーするというアメリカではやれない、

日本流なところもところどころにちりばめられていたり、

ドラマ部分が雑ではあるが車好きなら見て損はないだろう。

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日本映画 「日本以外全部沈没」

いや~、日本にもいるもんですねぇ。

こういうオバカ映画撮る人。それに出る人も出る人だよ。

日本の映画は芸術志向でつまらないと、私はよく書いている。

まさにこれは対極にあるもので、

芸術の欠片も無いタイトルを見たまんまの見事なパロディー。

内容は簡単に言うと、日本以外のほとんどの陸地が沈没して、

それらの国の国民が難民として日本に流れ込んできてどうなった、といった感じ。

ところどころに笑えない箇所(日本が以下に外国に頼っているかがわかる)

こそあるものの、全体的な内容はいたっておチープ。

ガイジン俳優のそっくりさんや、イジリー岡田、デーブ・スペクターなど

使っている俳優も基本的にはおチープだし、

特撮なんかもCGを使わずミニチュアを使うという徹底的な低予算設計。

でも、なんかおかしいんだよねぇ。

この前、海外で日本人が作った日本を自虐的に哂うショートフィルムが

注目されているというような内容のことをテレビでやっていたが、

これも内容的には似た感じに見える。

この面白さをきちんと伝えられない自分の表現力の拙さに、もどかしさを覚える。

私がもっとも面白いと思ったのは、科学者田所教授役の寺田農。

テレビではなかなか見られない見事なまでの壊れっぷりは、一見の価値あり。

でも、できれば映画館ではなくDVDやビデオが出てから自宅で観て、

思いっきり馬鹿笑いすることをオススメする。

あんなオバカ映画を静かに観るのは、正直ちょとしたストレスだ。

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日本アニメ映画 「ゲド戦記」

言い訳がましくなるが、私はあくまでも「ゲド戦記」を観に行ったのであって、

「ジブリ作品」を観に行ったのではない。

「ゲド戦記」の原作を読んだわけではないので原作との違いはわからないが、

見事なまでにジブリ味に味付けされており、

説教臭さが鼻につく作品に仕上がってしまった。

話の内容は、ある国の王子が親や周りからの期待に堪えきれなくなって

父である王を殺して逃げ、その逃亡の途上で

「大賢者」と称される魔法使いなどとの出会いを通じて、

最後は世界の均衡を乱す悪の魔法使いを打ち倒すといったもの(若干ネタバレ)。

そこで語られるのは、環境問題、欲望の権化たる人間の業の深さなど、

今までのジブリ作品でも語られてきたものばかり。

しかもタチが悪いのは、どんどん子供にはわかりづらく書いているというところ。

アニメ作品ということで親子で見に来ていた観客も多かったが、

今回の内容では子供たちには若干難しかったように思える。

最近のジブリ映画、まるで親が買い与えた本のようなもので、

子供が興味を持つかどうかよりも「ジブリ」というブランドを買い与えているに過ぎない。

購買力のある大人を味方に引き入れたジブリは興行的には賢いといえるが、

アニメを実質的に大人のものにしてしまったことは罪でさえある。

今日は1日2本観るということで朝から映画館にいたが、

鑑賞券の売り上げを見る限り、やはり「ポケモン」のほうが出足が良さそうだった。

「ポケモン」のほうが子供にはわかりやすく作ってありそうだし、

長く続いているためか大人たちにとっても見せやすくなっているのだろう。

子供に媚びろ、とは言わないが、

もっと子供にわかりやすく作ってもいいのではないのだろうか。

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アメリカ映画 「パイレーツオブカリビアン デッドマンズチェスト」

気がつけばアメリカから来る映画は、

「続き物」か「フルCGアニメーション」ばっかりになってしまった。

「パイレーツオブカリビアン」は、おそらく当初は続き物にする予定ではなかったが、

1作目で荒稼ぎできてしまったために欲を出して作ってしまった感がある。

エンターテインメントとしての仕上がりはいい。

アクション映画好きとしては、仕掛けが大掛かりで楽しませてくれるし、

CGの使い方も最近のアメリカ映画としては控えめでいやらしさも無い。

しかし、終わり方が「3作目もあるから絶対見てね」感

丸出しなのはやはりいただけない。

スタイルとしては、「続きますよ」よりは「このお話は長いから続けさせてください」

の方がまだいい(本当は続かないで終わった方がいいのだが…)。

映画業界全体が今ひとつ盛り上がりに欠けるのは、

日本映画よりも、むしろ映画の本場ハリウッドにこそ問題があるように思える。

これから秋に向けても、「マイアミ・バイス」、「X-MEN ファイナルディシジョン」、

「ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFT」など続き物が続々である。

大作主義で失敗が許されないのはわかるが、

それだけでは市場全体がマンネリ化してしまうのも事実である。

エンタメ大国アメリカの逆襲に期待したい。

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日本映画 「不撓不屈」

法律も、ダイナマイトと同じように人に作られたものである。

人によって作られたものは、道具であるといえる。

そしてどんなにいい道具であっても、使い方次第では人を活かしも殺しもする。

『不撓不屈』は、例えばそういう映画である。

この映画は、約40年前に実際にあった事件が元になっており、

滝田栄演じる主人公は、会計事務所の全国組織である

『TKC』を創った飯塚毅(しかも実名)その人である。

彼は、顧客である中小企業に節税を指導していた。

それは法の網をかいくぐる行為ではあったが違法なものではなかった。

しかし国税局は当時、税理士や公認会計士の権限を弱体化すべく、

法律の改正を企んでいた。

そんな時に彼のように節税を勧奨し国家に牙をむく者を、

放置するわけにはいかなかった。

国税当局は会計事務所、顧客である中小企業に苛烈な税務調査を実施。

特に中小企業は、本件と関係の無い脱税などを露顕され、

多くの企業が会計事務所との契約を打ち切っていく。

それはまさに兵糧責めであり、

しかもその非人道的ともいえる税務調査は人々の心身を著しく蝕んでいく。

その中で彼は、家族に、恩師に支えられて暴虐なる国税当局に敢然と立ち向かう。

相変わらずこの手の映画のキャスティングは地味であるが、

それだけに実力派俳優の演技が原作のリアリティを際立たせる。

私は原作者である高杉良のファンであるから見に行ったが、

国家の横暴に立ち向かう男の姿、

そしてそれを献身的に支える家族の肖像は一見の価値があると思う。

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アメリカ映画 「夢駆ける馬 ドリーマー」 

最近私は、ノベライズ版などの予備知識を入れないで映画を観に行く。

あまりにもノベライズと実際の作品に違いが多いからである。

映画では時間の制限も多く、

小説の内容全てを限られた時間の中に収めるのは物理的に限界があるし、

無理に詰め込んでシナリオを追うだけの映画になってもそれはそれでつまらない。

前置きはこのぐらいにして、「ドリーマー」である。

これは、実話ベースの物語で、レース中に骨折して安楽死寸前の馬を引き取って、

様々な障害を乗り越えてアメリカ最高峰のレース『ブリーダーズカップクラシック』に

再び挑戦するまでを描いている。

実際にモデルになったマライアズストームはこのレースに挑戦しておらず、

重賞6勝(これでも牝馬としては相当に素晴らしい成績なのではあるが)止まりであった。

しかも2歳時に骨折し、骨折明けした後に重賞を5勝している。

映画の中でも言っているように、レース中の骨折は基本的には即安楽死である。

下手に治そうとしようものならば、

テンポイントやサンエイサンキューのように蹄葉炎という蹄が腐る病気にかかって、

苦しんで死ぬのが日本では普通と考えられている。

ところがアメリカでは、ずいぶん馬の医療技術も進んでいて、

実際に映画の中で遣っているようにギプスをはめ、宙吊りにして治癒を図ります。

その血が残すに値するならば、惜しみなく金と労力を注ぎ込むのです。

この映画の主人公ソーニャドールも、

その血を惜しまれ当初は繁殖牝馬となるために治療に踏み込みました。

しかし不妊という現実を突きつけられ、牧場経営は暗礁に乗り上げてしまいます。

しかし、ソーニャドールは治療を続けていくうちに

いつの間にか再び走れるところまで治癒していたのです。

ソーニャドールに関わってきた人々は、再び彼女を戦場に送り出すことにしたのです。

そしてこの話は、ソーニャドールに関わる家族の物語でもあります。

彼女を通じて家族はその本来の姿を次第に取り戻し、

一致団結して彼女とともに戦うのです。

ずいぶん話がいろんな方向に行ってしまいましたが、いい映画でした。泣けました。

実際にモデルになったマライアズストームを知ってしまった今となっては、

ずいぶんと脚色してしまったものだなとも思いますが、

競馬にロマンを感じておられる方ならばきっと感動していただけるものと思います。

なお、実はこの映画には実在の馬も何頭か出てきます。

 フサイチペガサス(ケンタッキーダービー 現役時は関口房朗の持ち馬)

 グランドスラム(アメリカGⅠ2勝 年に200頭近い馬と交配される人気種牡馬)

そして、ジャイアンツコーズウェイという現役時はヨーロッパで大活躍して

今はアメリカで種牡馬になった馬も出てきます。

実はこの馬、モデルになったマライアズストームの子なんですねぇ。

もしマライアズストームがあの時本当に安楽死されていたなら、

この映画も生まれなかったし、

ジャイアンツコーズウェイという名馬も生まれなかったわけです。

これからご覧になりたいなと思っておられる方は、

できればそんなことに思いを致しながらご覧になっていただけると、

また感動もひとしおなのではと、私は思います。

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タイ映画 「トム・ヤム・クン」

香港には3人の偉大なアクションスターがいる。

元祖カンフーアクションスター、『ブルース・リー』。

エンターテインメントとして完成させた『ジャッキー・チェン』、

そして、最後の最後にストーリーとアクションの融合を果たした『ジェット・リー』。

トニー・ジャーはジャッキー・チェンの後継たる逸材だ。

ジャッキーは畏敬の念をこめてあえて「偉大なるB級アクションスター」と呼べる。

B級アクションにおいて、ストーリーは敵役に箔をつけ、

主人公のモチベーションを高める道具に過ぎない。

まずは主役となる優れたアクションスター有りきで、

周りはそのレベルに合わせたギミックを用意してやればいいのである。

そういう意味で、「トム・ヤム・クン」は単純にいい出来だと思う

(ただし、映画にストーリー性を求める人には絶対お勧めしないが…)。

敵役のバラエティーが実に豊富で飽きさせない。

また、前作「マッハ!!!!!!!!!!!」のトゥクトゥク(3輪タクシー)カーチェイスに負けない、

水上高速ボートチェイスも見応え充分。

今回は、ワイヤーやブルーバックなんかも使っているが、

1カメラでアクション流し撮りなど観客視点も忘れてはいない。

ジャッキーが元気なうちに、ぜひ1度絡んでもらいたいものだ。

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アメリカ映画 「SPIRIT」

この映画で、ジェット・リーは実質上格闘から手を引くという。

しかし、それゆえに熱の入れようは相当なものだし、

私ごときが言うのはおこがましいとは思うが、

「純粋カンフー映画」の一つの完成形といえる、

非常に内容のある映画だった。

アクションは、ややワイヤーアクションが鼻につくものの、

それを補って余りあるヴォリューム。

とにかくジェット・リー演じる実在の格闘家、霍元甲が闘って、闘って、また闘う。

そしてその中で、家族との別れや親友との行き違い、

そして人生に絶望して生死を彷徨う。

その中で彼は、真の強さへと覚醒し、最後は国のために再び闘って死んでいく。

最後の敵役として霍元甲と闘う中村獅童。

彼は霍との正々堂々の戦いを望みながら、

それを賭けの道具にした三田(原田眞人)の道具として使われてしまう

(この三田の小憎らしさと言ったら、ラストサムライ以来非常に秀逸)。

アクションを抜きにしても、霍元甲の一代記として充分鑑賞に堪える内容。

主人公が主人公であるから当然とは言えるが、

アクションとストーリーが非常によくマッチングした良作。

この映画で、ジェット・リーはついにブルース・リーでもジャッキー・チェンでもない、

まさにジェット・リー映画を完成させたといえる。

もう少し観たいと思う気持ちもあるが、

この潔さは今回のモデルである霍元甲とも一脈通ずるものがあるのではなかろうか。

アクション引退作としてふさわしい作品。

アクション映画初心者にも上級者にも観てもらいたい一作だ!

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香港映画 「MYTH 神話」

いやぁ~、ジャッキー・チェンも老いたね。

久しぶりの2役ということで、これは『ツイン・ドラゴン』(1992 香港)以来。

今回は秦代の将軍「蒙毅」と、その記憶を持った現代の考古学者「陳」の2役。

しかし正直期待外れ。

今回はストーリー重視というアプローチ自体は悪くない。

しかし、ジャッキーの本分はやはり身体を張ったアクション。

今回はCGを多用しており、アクションのヒヤヒヤ感があまり感じられない。

アクションだけなら確実に「7人のマッハ!!!!!!!」の方が危なっかしくて良い。

またラヴストーリーの方も、ありきたりな感じは否めない。

もともと、ジャッキー映画にそれほどストーリー性を期待していないと言えばそれまでだが、

初期のジャッキー映画でトレジャーハンター的な役のものは多く、いまさら感が無くはない。

ジャッキー映画としても、最近の中国映画の流れから見ても

やや中途半端で消化不良。

去年の「香港国際警察 ニューポリスストーリー」の方が絶対良かったね。

某誌で「ラッシュアワー3」に出るって言ってたけど、

そっちの方がまだしも期待できるかも…。

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アメリカ映画 「ナルニア国物語 第一章ライオンと魔女」

この原作は戦後イギリスの作品である。

しかし、その素地にはイギリスはおろかヨーロッパ中の古典がある。

設定自体は、日本ではある意味使い古された

子どもが異世界に迷い込んでその世界のために戦うというもの。

この設定がイギリスでは55年も前から使われていたわけで、

やはり優れた古典のある国は違うなと改めて感服。

とはいえ、原作は7章まであるということで、私としては今回は流して観ていく予定でした。

確かに最初は説明的なせりふも多く、「まぁしょうがないよねぇ」と思っていたわけですが、

4兄弟それぞれのドラマが秀逸だし、

何よりも1章ごとにきちんと終わりがある点で

『ロードオブザリング』との決定的な違いを感じる。

『ロードオブザリング』では3部構成でじわじわピークに持っていくのに対して、

『ナルニア国物語』は異世界ということで1章ごとに現実世界に戻ってくるために、

1章ごとにきちんとピークがやってくる。

私は予備知識なしで見たからそう思うのかもしれないが、

映画としてみた場合、『ロードオブザリング』方式では

どうしても観た後に消化不良な感じが残ってしまう。

上映時間はやや長いが、それでも観終わって『ナルニア国物語』の方がすっきりする。

そういう意味で言えば、『ロードオブザリング』はどちらかと言えば

テレビ向けというか、待たされる感がつらい。

もっともこれは原作の特性の違いであって、作品の優劣を論じているわけではない。

ただ、『ナルニア国物語』の方が映画向きであるとは言えるだろう。

さて、話は変わる。

『ナルニア国物語』にしろ、『ロードオブザリング』にしろ、

映画化したときに充分に大人の鑑賞に堪えられる作品に仕上がっている。

対して日本はどうだろうか。

一つの挑戦として、今年は『ゲド戦記』をスタジオジブリが映画化したり、

宮部みゆきのファンタジー大作『ブレイヴストーリー』を映画化したりといった動きがある。

かたやアメリカの原作で先に挙げた2作とともに3大ファンタジーと謳われる傑作。

かたや日本を代表する作家の描く日本製ファンタジーの傑作である。

しかし、日本にだって古典はいくらでもあるし、

今までもそのうちのいくつかが映画化されたわけであるが、

そのうちの多くがあまりいい結果を得られていない。なぜだろうか?

それは、やはり国民への浸透力の違いではないだろうか。

『ナルニア国物語』のイギリスでの扱いは、

日本における『桃太郎』などとそう変わらないのではないだろうか。

つまり、早い時期から古典とそう変わらないレベルのものを親が読み聞かせているわけで、

ウィットに富んだせりふも優れた表現技法も

早い時期から自然に身に着けているわけである。

この文化的レベルの違いは小さくは無いのではないだろうか。

もっとも、親の世代もそういった教育を受けていない現代日本では、

それを望むのは簡単ではないことだろう。

日本映画界は、もっと自国の古典に目を向けてもいいのではないだろうか。

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韓国映画 「力道山」

私はプロレスファンです、いや、だったというべきだろうか。

この映画は、戦中、そして戦後を戦いの中で過ごしてきた

タイトルの通り「力道山の物語である。

彼はテレビという箱の中の最初の英雄であった。

しかし、その実は朝鮮人で裸一貫から日本で成り上がろうとした独りの人間である。

英雄にはコンプレックスが必要だ、と私は思っている。

そういう意味で彼は、英雄たる資格を持っていた。

事実、彼はテレビという箱の中の最初の英雄となった。

英雄とは何だろう。英雄は実はあまり器用に生きられないものなのかもしれない。

まっすぐに、ひたむきに、自分の信念に向かって最短距離を行こうとする。

力道山はその先に成功があり、幸福があると信じて空手チョップを振り続けた。

だが、いくら進んでも彼は幸福を手に入れることはできなかった。

それどころか、進めば進むほど壁は高く厚くなり、

そのうち誰も信じられないようにさえなる。

愛する妻も、自分を助けてくれた人もである。

そういう周りの人たちにとっては、

1つ負けるぐらいどうということはなかったのかもしれない。

しかし、当の力道山にとっては

勝つことが自分の存在意義であり、

勝つことが成功と幸せへの近道であり、

勝つことを大衆によって宿命付けられていたのである。

興行とガチンコの狭間で苦しみ、

英雄としての成功と人としての幸せの狭間を彷徨い、

時代の波に押し流され、人種という重しに押しつぶされそうにもなった。

それらと必死に戦い、英雄として屹立した。それが力道山であった。

私としては、『シルミド』以来久しぶりの韓国映画だったが、

甘ったるい純愛映画より全然いい。

こういう社会派映画は日本よりも質が高く思われる。

日本は決して国土が広いとは言えない。

いや、山がちな地形だから実際以上に狭いかもしれない。

しかし、心のサイズまで国土の狭さに合わせなくてもいいのではないか。

力道山の奔放な心を解き放つのに、日本は狭かったのかもしれない・・・。

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中国映画 「PROMISE」

映像の美しさは確かに大事であるかもしれない。

しかしリアル志向の私としては、映像の美しさを追求するがゆえに

ストーリーまで犠牲にするのはどうかと思う。

はっきり言ってあまりにも荒唐無稽であるし、

ラブストーリーとしては思った以上にありきたりすぎて途中でしらけてしまった。

確かに真田広之はさすが元JACということもあって、

あんな動きづらいものを身に着けていながらアクションをこなしていたし、

ヒロインのニコラス・ツェーも演技は良かったと思う。

しかし、やはり全体としては薄っぺらな印象を受けてしまった。

むしろ、崑崙(チャン・ドンゴン)と鬼狼の友情と言うか、

同じ一族としての同朋意識の方を表に出した方が納まりのいい話のように思えた

(でもそれって中国でやったらまずいのかなぁ…)。

とにかく、どうやら私の肌にはラブストーリーというものは合わないらしい。

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日本映画 「燃ゆるとき」

私もいい加減いい年なのか、涙腺が緩んできたようである。

今日観てきた「燃ゆるとき」は、

以前映画化された「金融腐食列島 呪縛」など経済小説の第一人者、

高杉良原作の映画化であり、実在する食品メーカー(以下A社)が元になっている。

興味のある方は原作版「燃ゆるとき」を読んでもらいたく思う。

今回の「燃ゆるとき」の内容は主に原作版の続編ともいえる

「ザ・エクセレントカンパニー」が主となっている。

アメリカに進出したA社が他社とのコスト競争、

他社からの買収の働きかけ、

そしてそれを成さんとセクハラの捏造、ユニオン結成の動きを乗り越えて

アメリカにおいて着々と地歩を築いていく、といった内容である。

「企業は人なり」とよく言われる。

この映画を観ればそれが正しいことが判っていただけると思う。

アメリカに単身赴任してきた管理職(中井貴一)が、

外国人の部下にセクハラをでっち上げられ多額の示談金を支払うことになる。

日本に戻された彼は、責任を感じて社長(津川雅彦)に辞表を提示する。

辞表を受け取った社長はそれを彼の懐にねじ込みながら

「若い者がこんなことでめげちゃいかん。お互いいい勉強になったな」

といってこのことを不問に付してしまう。

実はそれが、彼の上司であるアメリカ法人の社長(鹿賀丈史)の賭けであった。

二人の社長は、A社創業当時からの戦友でまさに以心伝心とも言えるものであった

(ちなみに「ザ・エクセレントカンパニー」では後日談にも深く触れているのだが、

それに関してはぜひ小説にてご一読願いたい)。

その3年後、アメリカ法人で起こった労組結成騒動のとき、

アメリカ法人の社長は顧問弁護士の反対を押し切って

アメリカで1度ミソをつけた彼を再びアメリカに戻す。

そして、結局はその彼の説得によって労組騒動は治められる。

確かに美談と言ってしまってはそれまでなのだが、

この映画の中で彼は「我々も他のアメリカ企業と同じになってしまうのですか」と言う。

確かにアメリカ企業の合理性に学ぶべきところは少なくない。

しかし、合理性一辺倒になって人を慮らず、

相互不信を生み出してしまっては合理性もへったくれも無いではないか。

そういえば北海道新聞今日の朝刊にこんな記事があった

(web版で確認できなかったので、記事からの抜粋のみ)

「(前略)また、ライブドアの成長過程や自分(堀江貴文被告)の功績を説明する口調は

滑らかだが、逮捕された側近三人のことを気に掛ける様子は見せないという。

(中略)取り調べ時間以外は、差し入れられた百科事典などを読んで過ごしている。

対照的に前取締役宮内亮治被告(三八)らは、

ライブドアに残る社員や家族のことをしきりに気遣う。

(中略)堀江被告のことも心配し、検事が同被告の関与を強調すると

『かわいそう』と口にすることも。

話題が家族のことに及ぶと『自分のせいでつらい思いをさせてしまった』と

むせび泣いてしまった」

思えば、こんな社長を持ってしまった社員は不幸なのかもしれない。

まさにザ・エクセレントカンパニー。理想の会社の姿がそこにあるのかもしれない。

題材も出演俳優も決して派手なものではないが、

魅せる快作だと私は思う(かなり贔屓目ありかもだが…)。

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再見:細木が斬る(2005-07-23 FNS25時間TVより) 後編

早くも前回の続き。

何せ日を追うごとにライブドアの暗部が洗い出される、

新生ライブドアが麻原無き後のオウムばりに生まれ変わりを図るわで、

結論を遅らせるのは不適当であると考えたから。

と言うわけで、今回は細木数子がホリエモンの未来

(と言っても、今となっては過去の話もいくつかあるのだが)を語る。

細木が言うには、8月頃から活動開始ですごくいいらしい。

と言うわけでホリエモンがやったことは、政治家へのアプローチ。

本日付の夕刊ではどうも茂木元IT担当大臣へ政治献金を行っていたと言う報道が

なされていたが、自著で政治に興味ないと書いていたのと矛盾するのではないか。

まあ、ずいぶんと言動がいい加減な方ですな。

対談は続く。

細木が対談の中でしきりにホリエモンに説くのは「共存共栄」である。

「Yahooを抜きたい」と言うような上ばかり見るホリエモンに対し、

細木はとくとくと「頭を使いながら、世間とのつながりを大事にし、

協調性を保ちつつ上に上っていけば素晴らしいと思う」と説く。

しかるに逮捕後の様子を見ていると、

ホリエモン一人が容疑を否認して徹底抗戦しているのに対し、他がベラベラ喋っている。

あるTV番組で誰かが「彼ら(ホリエモンおよび幹部)の結びつきはカネだけだ」と

言っていたが、ホリエモンは会社内においてさえ協調を欠いていたのではなかろうか。

この後しばらく、対談は主に女性関係へと踏み込んでいく。

放映時間が午後11時と言うことで、

こういう話題になっていくのはTVとしては仕方ないところか。

そして、いまやすっかり過去の話となってしまった

ニッポン放送買収の本当の理由に話は及ぶ。

あれからたったの6ヶ月で、立場が180度逆転してしまうのだから、

今の世の中は面白い。

フジTVは損害賠償裁判で個人株主を代表してライブドアを攻めるのか、

それとも株価が下がりきった辺りで逆襲のTOBを仕掛けて

「毒を食らわば皿まで」と行くのか。

対談はいよいよクライマックスの結論へ。

細木はホリエモンに

「あなたには龍がついている。その力を良い方向に使いなさい」と説く。

しかしその龍は、知らず知らずのうちに道を踏み外していたんですよ、細木さん。

と言うか、この対談の時点で既に本人も知らないうちに道を外してたんですねぇ。

さらに細木は、ホリエモンに万人に受け入れられる新たな仕事を授ける。

それは、「ライブドア」という社名に掛けたものなのか、

「絶対に泥棒の入らない鍵を開発すること」だそうだ。

今やその鍵をかけられた檻の中にホリエモンはいるんだけどね…。

そしてホリエモンは、教育問題や世界平和の話をしようとするのだが、

細木に「もっと足元固めなさい」とたしなめられる。

そのあと、対談を見ていたライブドア広報の乙部さんに、

「オーナーを変えることになるかもしれない」と

この当時の状況から言えば意味深なことを言う。

しかし現状を省みると、会社を辞めずして

オーナーを変えることになってしまったわけであるから、

細木数子の慧眼もなかなか侮りがたいところがある。

まとめで細木はホリエモンのスケールが小さくなったと言う。

傍若無人なところが無くなり、フジテレビ問題で恐さを知ったからだそうだが、

本当は違うのではなかろうか。

細木数子は、最近厳しい物言いで何かと物議を醸しているが、

何せ毎年占い本が何千万部も売れているほどの方であるから、

物事を見抜く目は確かであろうと改めで見直している次第ではある。

とはいえ、私としては逆にあまりにも当たり前の意見を述べる場合の少なくない

細木女史に若干の物足りなさを感じてもいるわけで、

細木女史にももう少し本業に力を入れてもらいたいかなとも感じている。

そしてホリエモンであるが、

やはり本人が言っているほど人の言うことが聞けないというか、

なまじ頭がいいせいで自分の考えで突っ走ってしまうところがある。

「ガンダム」に出てきたギレン・ザビのように身内に後ろから殺されるはめに、

今まさになろうとしている。

細木女史の言うように、今後立ち直る目は本当にあるのだろうか。

まぁ、それこそ本人次第なのであろうが…。

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再見:細木が斬る(2005-07-23 FNS25時間TVより)

ホリエモンことライブドア社長堀江貴文氏(33)が逮捕された。

そこで私は、たまたま録ってあった「FNS25時間TV」の中に

細木数子とホリエモンの対談があるのを思い出して、

さっそく現状をふまえて見てみることにした。

さすがに細木さんは対談慣れしていると言うか、

始まって5分弱頃から、

「あなたはまっすぐで、本当に良い人間だけど欠如している部分もある」

と視聴者をくすぐるようにホリエモンを評価する。

ホリエモンがした最初の質問、

「フジテレビとライブドアの提携をうまくやっていく方法」(今見ると切ないなぁ)

に対して細木は、

「これから業務提携は大成功。特に高木社長とはうまくいく」

だって。いや、ここでマジ笑いしてしまいましたよ。

そのうまくいくと言われた提携先の会社に、

いまや損害賠償裁判を起こされかねないわけですからねぇ。

もっとも、細木数子がライブドアそのものを占ったと考えるならば、

まだ提携がうまくいく可能性は残されている。

もっとも、今の水ぶくれしたライブドア株を引き受けられるような存在が

日本にいるかと言われれば甚だ疑問なのではあるのだが・・・。

ただ、ここで細木は一ついいことを言う。

「フジテレビを設けさせると言う結果を出さなければ、

あなた(ホリエモン)はただのマネーゲームのバカ男になるよ」

まぁ、結果としては縄付きのバカ男になってしまったわけだが・・・。

さすがに細木さんも株の知識はないのだろうから、

ホリエモンのやっていた行為の違法性までは見抜けなかったのだろう。

そこまで細木数子に譲歩すれば、かなり良い線ついていると言えなくもない。

その直後、放送後に「風説の流布になるのではないか」と

問題となった「ライブドアの株価は5倍になる」が飛び出すのだが、

ホリエモン本人はこの時点でもっとヤバイ「風説の流布」を行っていたわけである。

また細木は「出る杭は打たれる」と言ったのだが、

まさか司直に打たれるとはこのとき多くの視聴者は予測しなかったことだろう。

ホリエモンはここで宇宙旅行のことを細木に聞くのだが、

今となっては空しく響くだけなので、ココでは触れない。

第3の質問、「ライブドアポータルはYahooを抜くか」については

推して知るべしである。

社長ら4人が逮捕されたライブドアは株が監理ポスト入りしているのに対し、

Yahooは10~12月期の利益が過去最高になったと報道されるほど

両者の間には現実には大きな差が開いてしまった。

ここでは細木は「アンフェアだから」という理由で答えを避けている。

ただここで

「アンタ(ホリエモン)は、何をやっても成功するけど、

女に気をつけなさいよ。じゃないとスッテンテンになるから」

と、主に女性関係の話になっていく。

これは明らかにテレビを意識した話題振りではあるのだが、

タイミングよく年明け早々にホリエモンの破局報道が流れている。

両者に直接の関係はないのだろうが、

もし細木数子が本当に未来が見えるのだとしたら、

やや断片的に見えているのではなかろうか。

勘違いして欲しくないのだが、私は細木数子を信じているわけではない。

ただ、彼女に人を惹きつける何かがあるとするならば、

やはりそれなりに力があるのではないかと考える方が自然ではないかと思う。

細木はこうも言っている。

「でも、そこ(スッテンテン)から立ち直ることはできる」と。

「(人生の)冬の時期は訪れるがそれを謙虚に受け入れた方が、

もっとホンモノの事業家になると思う」とも。

長くなってしまいました。これでまだ対談の中盤ほどまで。

これ以降の再検証については後日またやろうとも思うが、

ホリエモンは細木数子の言に素直に従って、

じたばたしない方がいいんじゃないのかなぁ・・・。

なんか、裁判の用意とかしてらっしゃるみたいだけど、

これ以上司直に掘り下げられたら、立ち直れなくなるかもしれませんよ。

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日本映画 「男たちの大和」

今年は戦後60年ということで、多くの戦争映画が上映されてきた。

私は「ヒトラー 最期の12日間」以来である。

また、日本映画としては「SHINOBI」以来である。

今回は、技術面に関しては何も言わない。

去年の「デビルマン」や、「SHINOBI」の例を引くまでもなく、

CGの技術も特撮の技術も世界最高水準にあることは言うまでもないからである。

というわけで、内容の話。

この作品は、ある大和乗艦下士官(仲代達矢)の回想という形を取っている。

で、その回想と現代が微妙にシンクロして話は進むわけなのだが、

そこはさすが元・仁侠映画屋の東映。

大時代的な台詞や立ち振る舞いの見せ方などはうまい。

キャスティングもそれほど悪くなく、頑張って集めた方だと思う。

しかし大時代的であるがゆえに、

くさい台詞やいかにも泣かせんばかりのエピソードをふんだんに盛り込んできており、

30歳の私にはややうんざりといった感じ。

しかし、平日の1回目で観客はそれほど居なかったものの、

2回目の上映待ちの人々を含めて年齢層の高い方々が目に付いた。

そういう方々にとってはけっこうつぼなのではと勝手に考えるわけだが、どうだろう。

前半は、そういった人間ドラマに終始するが、後半はもっぱら「菊水作戦」

(いわゆる大和特攻のこと)で大和がアメリカ軍航空隊の前に

為す術なく打ちのめされる様を映し出すまさに地獄絵図。

正直やややりすぎの面もあるが、この辺のメリハリは良く考えられたものと評価したい。

私は、不覚にも目頭が熱くなってしまいました。

「泣ける」というにはやはりくさい話なのではありますが、

事実ベースの話なので途中に挟まれる実際の当時の映像

(主にアメリカ軍の撮影していたもの)がこの物語に重みを与えている。

時間を考えると必要充分な時間で、

これ以上内容を盛り込もうとするとやや薄っぺらな感じになりかねないだろう。

だから、「この映画には戦争の暗部が足りない」という評価は

必ずしも正当なものとはいえない。

エンターテインメント映画として考えた場合には、これでいいと思う。

とはいえ、歴史を学んできたものとしては、やはり一家言言っておきたい。

それは、仲代達矢がやっていた役割についてである。

彼らの世代は戦後主要な労働力として日本を牽引していくわけであるが、

戦争の記憶を風化させた主な原因は、そんな彼らの世代に問題があったと私は思う。

それは、彼らが戦争の記憶を未来に伝えるという任務を果たさずして、

戦争の記憶を自らの中に封印してしまったことにあると思う。

歴史とは、文字を持ち、言葉を持ち、文明を持つ人間だけが遺すことのできる

人間最大の遺産の一つであると、私は思う。

時あたかも、日本は再軍備化の道を歩む危機を迎えるかに見える。

戦争の悲惨さを一筋でも心に刻むために、

この映画を観るという選択は、悪くないと思う。

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タイ映画 「7人のマッハ!!!!!!!」

感想から言うと、「マッハ!!!!!!!!」ほど衝撃的ではなかったです。

理由は、「マッハ!!!!!!!!」の主人公トニー・ジャーの役割を7人で分割してしまったから。

私は、アクション映画に一番必要なのは時代劇における殺陣と同様に「流れ」

であると考えています。

そうした時に、7人でアクションを分担してしまうと、

人が変わるごとに流れが寸断されてしまい、流れを損なってしまうわけです。

とはいえ、トニー・ジャーのような天才が何人もいるわけではないので、

その辺は仕方ないところ。

そこを、見せ方を工夫することによってまた違う面白さを引き出しているのが

「7人のマッハ!!!!!!!」の真髄と見た。

ジャッキー・チェンがハリウッドでさじを投げたように、

もうこんな「B級アクション」はハリウッドでは撮れなくなっている

(あるいは、単に日本に輸入されていないだけかもしれないのだが・・・)。

しかし、B級があるからこそのA級なのではなかろうか。

B級みたいな軽いノリの映画で経験を積んで、

そのうちA級でメガホンをとる言うのが、ありがちなステップだろう。

最近で言えば、ジョン・ウーがそれに当るかもしれない。

という事は、ステップアップも最近ではインターナショナルになっているのだろうか。

しかし、そう考えると世界的な映画業界の先細りというのも納得がいく。

原作を活かしきれる経験豊富な監督が確実に減っているということなのだろう。

そして、経験豊富な監督は高給取りになっており、

そうカンタンに頼めるような人々ではなくなっている。

そうなると、失敗ができなくなるから大作やリバイバルが必然的に増えていく。

これは日本のゲーム業界と同じことであり、これもまた近年先細り傾向にある。

野心的な作品を安価に作れる市場が、今のソフト市場には欠けているように思われる。

それでは、新たな才能もなかなか出てこないだろうし、

ますます先細っていくことになるだろう。

そういう意味では、ジョン・ウーやジャッキー・チェンを生んだ香港を中心に、

アジアでそういった野心的な作品がこれからどんどん生まれることに

期待したいところだろう。

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日本映画 「SHINOBI」

私は日本映画があまり好きではないです。

なぜなら、そもそも「映画館サイズの映画ではない」からです。

今回は、原作の山田風太郎のはちゃめちゃな世界、

そして少し前までマンガ雑誌に連載されていた「バジリスク」を読んでいたこともあって、

結構期待しておりました。

で、いきなり結論ですが、まぁ一応「映画館サイズ」だったかなぁと・・・。

アクションはCG含めてまぁまぁ。

去年見た「デビルマン」程派手々々ではないにしても、

風太郎忍法をほぼ余すところ無く表現できていたと思います。

あと、「デビルマン」みたいにキャスティングがグダグダではなかったので、

人間同士の絡みもさすがと言ったところ。

しかし・・・、なんか・・・。監督さんの技量がいまいちだったのか、

結局何を表現したかったのかよくわからなかったです・・・。

思いっきりCG使いまくって風太郎ワールド全開というわけでもないし、

かといって甲賀弦之助(オダギリジョー)と朧(仲間由紀恵)の

悲恋を中心に描ききると言うわけでもない。要するに「中途半端」なわけですよ。

先週「頭文字D」の回でも書きましたが、

日本にはちゃんとしたエンタテイメント映画を撮れる環境には無いと言えます。

去年の「デビルマン」にも私は結構期待してましたし、

今回も期待はしていました。しかし、結局ともにも満たされませんでした。

「踊る~2」は確かに面白かったです。

しかし、あれはあくまでもTVの延長でしかありません。

映画配給会社(東宝、松竹、東映)の企画力に疑問を持ってしまいますね。

今年たぶん一番いい日本映画は、

実際には見てませんが「亡国のイージス」になるでしょう。

原作を100%表現するのは時間の制約などから無理なのは初めから明らかでしたから、

もう思い切って「ダイハード」みたいな映画にしてしまったのは成功だったと思います

(だからこそ本読みの私としては、原作1本でいいかなと・・・)。

やればできるんです。

でも、なぜか芸術志向なんですよねぇ、日本映画って・・・。

「SHINOBI」の失敗って、原作が思い切りエンタメ志向なのに、

日本映画の方向性が足を引っ張ってしまった

悪い見本のような気がしてならないのですが・・・。

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香港映画 「頭文字D」

今日は、仕事が休みだったので「頭文字D」を観てきました。

しかしまぁ、よく2時間そこそこの中にアレだけエピソード差しこんだなと思いますね。

主要キャラはほぼ登場しているし、

味付けもそれに合わせて若干混ぜた感じで・・・。

あと、なんといってもスタント担当の高橋レーシングのスーパーテクニック。

まぁ、若干気になるところといえば、藤原親子のキャラの味付け。

ちょっと俗っぽすぎると言うか、特に文太しゃべりすぎかも・・・。

ただ、ああじゃないと2時間そこそこで展開を進めていくのは不可能。

原作好き、車好きならまあ見て損はないかなと思います。

しかし、1番気になったのはこれが「香港」映画であるということ。

原作も、ロケ地も、スタントも全部日本のものなのに、

どうしてこれが日本で企画されなかったのか。

まぁ、キャラの味付けは確かに「香港」テイストですよ。

そのために高橋啓介も出てないし、須藤京一なんかパンクファッションだし・・・。

でも、日本の監督さんとか映画の企画とかなさる方は、

どうも芸術志向というか、「アカデミー賞」より「パルミドール(カンヌの最高賞)」に

より価値を置いているように思えますね。

私は、「文化を高尚にすればするほど、その文化は固定化し伝播しなくなる」と

考えております。

思えば、狂言も歌舞伎もみんな昔はもっと低俗で

広く民衆の耳目に留まるものでした。

気がつけば、狂言や歌舞伎は世襲制となって民衆から遠いものとなってしまった。

誰もが気軽に見られるものではなくなってしまったし、

年中見られるのは、おそらく東京圏と大阪圏ぐらいだろう

(もっとも、昔からそうだったといえばそうなのだが・・・)。

だからといって、地方に住んでいる私としては、

わざわざ高い旅費を払ってまで見に行きたいと思うコンテンツではないと思うわけで・・・。

もちろん、芸術としての側面が必要なのはわかりますが、

それでは市場が縮小していくわけで、

今漫画、アニメ、ゲームでその現象が着々とおきているわけであります。

少子化のせいだといわれる方もいると思いますが、

先に行われた「東京ゲームショー」の様子などを見ても、

いまやこれらの多くが大人のものとなりつつあるわけです。

時代は、漫画を大学で教える時代となりました。

しかし、それで面白いものが生まれるかと言われればさにあらず。

歴史に残る多くの画家や作家がパトロン(スポンサー)によって支えられていたように、

一個の才能がいつも新しいものを生み出してきたという事実に思いを致すべきであります。

そういう意味では、「ほしのこえ」は新しい試みであり、

ネットという環境は、新しい才能を結びつけるものになるかもしれません。

ダイナマイトが、鉱山作業を楽にするために作られたにもかかわらず、

戦争に利用されて多くの人を殺したように、

システムや発明、それに法律といったもの自体には罪はないのであります。

それを使う人間にこそ罪があるのです。

「罪を憎んで人を憎まず」ではありませんが、

「人を憎んでネットを憎まず」なのかもしれませんね。

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9/17  CX「日本の歴史」

う~ん・・・、やっぱり数字重視というか、「触らぬものに祟り無し」なんでしょうねぇ。

正直というか、やっぱりというべきか、がっかりな内容でした。

戦国時代ぐらいまでは再現ドラマやらなにやらやってずいぶんと掘り下げてらしたのに、

江戸時代ぐらいからずいぶんと雑な感じになり、近代以降に至っては文字の羅列。

まさに学校の歴史の授業と同じ。

日本が今抱える問題の多くは、実は近代以降にあるというのに、それらには全く触れず。

いや、確かに天下のNHKですら、数字に困ったら戦国もの大河ドラマ

(来年は山内一豊、再来年は山本勘助と相当お困りのご様子ですね)

に頼るぐらいですから、数字のためには今何かと注目の

織田信長とかに注力するのも無理からんこととは思います。

近代をやるとなれば、韓国や中国との関わりでどうしても触れざるをえない

傷もあることとは存じます。

しかし、そうして現実から目をそむけることが、問題の解決にはつながらないでしょう。

裏の「女王の教室 最終回」で、いみじくも子供に世の中の醜い現実を見せる

阿久津を追い出す教頭が出ていましたが、

「日本の歴史」もそんな教頭の哲学にのっとっているともいえます。

つまり、今の教育とはそういうことなのです。

「女王の教室」と同じ学校モノという意味で「ドラゴン桜」も同じように

子供に世の中の厳しさを積極的に教えることを説いています。

今年も学校絡み、子供絡みで多くの問題が起きている日本ではありますが、

国会の諸先生方にも、票にならないからといって

教育問題をないがしろにしないで貰いたいものであります。

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